
Interview Vol.110
積み上げたスキルを活かし、
あかりを横軸にしたまちづくりを各地で。
長谷工グループのインキュベーション組織「UXDセンター」が行う共創プロジェクト「EVOLOVE(エボラブ)」は、2025年、日本各地の“街を明るくする”活動を開始します。
あなたにとって“明るい街”とはどんな街でしょうか?商店街に活気がある街、街灯が増え夜も安心な街、若い世代が移住してくる街、大学を卒業したら子どもたちがまた戻ってくる街、多くの観光客が遊びに来る街、季節ごとに花が咲き乱れる街。あなたの街をもっと“明るい街”に変えるために、みなさんはどんな活動をしているのでしょうか。
今回は、照明デザインを通して日本各地のまちづくりや課題解決に尽力する長町志穂さんに話を伺いました。

長町志穂さん
「何も作らず、何も壊さず」をモットーに
照明デザインでまち本来の魅力を磨き、
街まちを元気に。
現在の活動について教えてください。
長町株式会社「LEM空間工房」の代表を務めています。建築照明のデザイン設計事務所ですが、全国各地で照明を核とするまちづくりの仕事に取り組んでいるのが特徴です。都市の夜間景観を考える仕事なのですが、例えば衰退しかけている観光地などで、行政の方や地域の方たちと一緒に問題解決に向けたまちづくりを行ったり、ランドマークである城や橋梁のライトアップ、温泉地や商店街の再生に向けて社会実験を行ったりと、さまざまな取り組みを行っています。

ランドマークを演出しまちのパワーをけん引(鳥取城跡 撮影:下村康典)
「街の魅力をあかりで磨く活動(=まちの人の心を明るくする活動)」について、取り組みのきっかけを教えてください。
長町前職はパナソニックに勤め、デザインの課長職と商品企画課長などを兼務していました。自らプロジェクトを作り出す、すごく元気に大活躍していた課長だったと、思っています(笑)。でも「会社でやれることに限界はあるな」と感じていた時に、知っている方が定年されて。「なるほどやっぱり企業だから定年はあるんだ。定年はないほうがいいなあ」と思って独立を決意しました。
独立後は照明デザイナーとしてやっていきたいと思い、建築家の友人たちに「照明デザインをやります」と言って回っていたら、縁をつないでくれて建築照明の仕事に携わることになりました。同じ頃、年長の飲み友達である建築家の方から「パブリックにも興味はあるだろう?都市環境デザイン会議に入りなさい」といわれて入会して。その会議には日本のトップランドスケープアーキテクトや都市計画家の方々がたくさんいらっしゃって、「都市デザインとは」というお話をたくさんうかがいました。久しぶりの学びがとても楽しくて、公共に関する知識を蓄え、人間関係も広げることができましたね。私は元企業人なので、企画書を作ることが体に染み込んでいるので、行政の仕事には必要な仕様書からミッションを読み解き、それに答えつつ、さらにいい提案を加えた資料を作ることは得意です。こうしたことから、徐々に公共の仕事が増えていきました。

あかりの効果を実験で確かめる 白河市
まちづくりとしての照明計画の事例を教えてください。
長町今から約15年前、神戸市の夜間景観を検討するプロジェクトに取り組みました。その頃のメリケンパークはひとっこひとりいない状況で、地域の人たちとともに、人を呼ぶために何ができるかを考えました。カフェを配し、あかりの色を暖かい色に変え、文字モニュメントを作った結果、人が来るようになって。その時、自分のスキルを社会のために活かすことができると実感しました。
鳥取県の水木しげるロードも、観光客が減って空き店舗が目立つようになってきたので呼ばれました。「ここは妖怪の街だから夜になったら出没する妖怪を照明で作りましょう」と提案しました。そうしたら市長が、「他のことはやらないけど長町さんの照明はやる」と賛同してくださり、予算を出してくださいました。
また16年前には、島根県の過疎化した村で、橋と棚田を灯す明かりのイベントを提案しました。今もずっと地域の人たちの手で開催され続けていて、今では過疎どころか、カフェやゲストハウスもできて、村の様相がずいぶん変わってきています。
まちづくりの照明は他にもたくさん手がけてきています。どの事例にもいえることですが、まちには多様な魅力がもともとあるのですがそれが活かされていない。必要なのはそれを活かすエネルギーで、そのエネルギーを凝縮することを行うためのスキルは私たちが持っている。だから行政や地域の人と話しながら、そのエネルギー源を見つけ出すことが一番大切だと思っています。

あかりを充実させ寂しい水辺から活況なウォーターフロントへ 神戸市メリケンパーク(撮影:下村康典)
どのような思いで「まちの魅力をあかりで磨く活動」を行っているのでしょうか。
長町私たちは決して会社の利益追求のために地方の照明計画をしているわけではなく、いわば医者のようなもので、そこに困ったことがあるからあかりを横軸に解決策を考えています。あかりには景観の整備だけではなくイベントやアートを通じて人々をまとめる力もあり、一緒に街を生き返らせることができると思っています。
よく私は照明デザインについて「何も作らず何も壊さず」という言葉を口にします。例えば橋があって、その先の公園は誰も訪れないからその橋を作り直そうではなく、橋に素敵な照明をつけるだけで人が来るようになる。そういう手法が活用できる都市は日本中にたくさんあると思って活動しています。
長町さんにとっての地域活性を教えてください。
長町あかりには人の心に元気を灯す力があります。もともとその地域にある歴史的な建物や場所、あるいは公共物などの“お宝”にあかりを灯すだけで素敵になる。私は大学の建築学科で教鞭を取っていますが、最近の学生は多様化してきて、普通に企業へ就職するという人がいる一方で、地元に戻って起業したいという人も増えてきています。いい意味で、みんなが地方にきちんと分散して生き生きと暮らしていける、健全な社会が目の前に近づいてきたなと思っていて。そのためにはそれぞれの街が魅力を持って、住んでいる喜びを感じられるようになる街になることが必要です。あかりがその一端を担うことで、地域がもっと活性化するのではないかと思っています。

夜にならないと見られない妖怪たち 水木しげるロード(撮影:鈴木文人)
日本各地の魅力を知った今だからこそ、
もっとみんなが幸せになれる
次のステージへ進みたい。
長町さんにとっての“EVOLUTION✕LOVE”を教えてください。
長町いろいろな街に呼ばれてその地域の人たちと話して、考えながら解決策を見出していくという仕事を通して、本当に多くの地方都市を知ることができ、自分の価値観も変わってきました。その中であらためて日本のすごさも実感しながらも「お金のために生きる」という平成時代の価値観が人を駄目にしたのではないかとも感じています。その時代は社会が疲弊してしまい、「まあいいか」「しょうがない」という考え方や仕組みが蔓延していたかもしれません。でも、日本は自然や食、暮らしや文化、どれをとっても素晴らしくて、こんないい国は他にないんですよ。だから私は「まあいいか」「しかたない」という考え方をやめて、未来に向けてこれからもさまざまなプロジェクトを手がけていきたい。多様できらめいている日本の地方都市を、より多くの人に気づいてもらえる取り組みをしていきたいと思っています。例えば私の仕事でいえば、「公共照明はこうでなくちゃ」という古い感覚を取り払って、照明ひとつでもっと街が素敵になるんだよということを伝えたいと考えています。
また今は、著名な建築家の方や目上の方たちと仕事をする一方で、20代、30代の若い人たちとプロジェクトを組んだりと様々な仕事に関わっています。私が一番年上、というプロジェクトもあります。そういう若い世代と一緒に次の新しい時代を作っていきたいとも思いますし、地方都市で自分たちの街を自分たちの力で盛り上げられる仕掛けも作っていきたいと思います。以前、金沢の犀川で実験的に桜のライトアップを行いました。地元の人たちがそのライトアップを学んでくれて、スタッフが行かなくても、ちゃんとライトアップが継続されています。そんなふうに、あかりが人々の人生を豊かにしたり、幸せを感じ共有できることに気づいていただいて、それを自分たちの手で実現していってほしい。それが私の“EVOLUTION✕LOVE”です。
長町さん、ありがとうございました!地方の困りごとを、あかりという横軸を持ちながら解決していく長町さんの活動を、今後も応援させていただきます。