Interview Vol.140
下関市で地方創生やスタートアップを支援し、
地域や企業、海外とも連携を築きながら
個人の選択肢や可能性を広げる活動を展開。
EVOLOVEプロジェクトでは、日本全国47都道府県にて「地元愛」を持ち、積極的に地域活性に力を注ぐ方々へのインタビューを行っています。これまでの活動内容から、この後どのように「地元愛」を進化させていくか。未来へ向けたチャレンジを、皆さんと一緒に考えていけたらと思っています。第140弾の今回は、下関市役所の職員という顔を持ちながら、個人で行政と民間、企業をつなぎながらスタートアップや地域の産業振興を支援する活動を行う笠目光隆さんに話を伺いました。
笠目光隆さん
自分と同じ感度で理解を得られる
民間の人たちとつながりたいと考え、
個人で活動を行う。
現在の活動について教えて下さい。
笠目下関市役所の職員として勤務しながら、個人としては行政と民間、地域と地域をつなぐ活動を行っています。今は特にAI活用や地域連携をテーマに活動を広げています。
下関市で活動することになったきっかけを教えてください。
笠目私はもともと北九州市出身で、広島の大学に進み、下関市に就職しました。今も北九州市に住みながら下関市へ通っています。ただ、私自身の関心は特定の地域に閉じることではなく、北九州・下関・広島・福岡・国内外の動きを“つなぐこと”にありました。昨年まで所属していた産業振興課では、地域課題の解決やスタートアップ支援に取り組む中で、“おもしろい取組みをしている地域は、情報や人の循環が活発である”という共通点に気づきました。地域の枠に縛られることなく、誰もが必要な情報や人にアクセスできる構造をつくり、それを行政や地域に還元することの重要性を強く感じましたね。
行政の予算は市民の税金で成り立っているため、地域のために予算や施策を慎重に検討します。もちろんそれは当然で、とても大切な視点です。しかし制度や手続きが積み重なる中で、「そもそもなぜそれを行うのか」という本質的な意義まで思考が及びにくい構造があるのも事実です。そのため、「なぜこれが必要か」という根本の議論に時間がかかり、理解に数週間〜数ヶ月を要することも珍しくありません。
一方で民間は取り組みの意義を直感的に理解し、動くスピードも速い。こうした違いを感じる中で、他の自治体の職員や支援機関、大学の先生方から私個人に情報提供や相談の連絡をいただく機会が増えたことも、越境的な活動を始める大きなきっかけになりました。私自身が動くことで、必要としてくれる人たちの役に立てると感じたからです。
その結果、同じ感度で意義を共有できる民間の方々や、柔軟な視点を持つ自治体職員とつながることができ、個人的に地方創生やスタートアップ支援の活動を行うようになりました。
個人で活動を行う中で、エストニアで起業している方と知り合いになり、世界最先端のデジタル国家と言われるエストニアにも視察に行きました。エストニアは教育にも力を入れていて、スタートアップエコシステムの中心ともいえる「LIFT99」やアントレプレナ−シップ教育を提供する「VIVITA」も視察させてもらいました。そこで得た情報や知識を、自治体の職員の方々に共有しました。
エストニア訪問時の様子
2024年度には、下関市の施策としてスタートアップ企業を支援し、次世代のビジネスリーダーを育成することで地域の活性化とスタートアップカルチャーの醸成を図る「スタートアップアンカー」を創立しました。2023年に民間企業への出向から戻ってきたタイミングで産業振興課に配属され、私が担当になり、予算がまったくない中からリサーチをはじめて戦略策定を行いました。試行錯誤を重ねながらコミュニティの原型を作るところまでようやくたどり着いた感じです。地方というマーケットはとても広い。だから下関市に来てくださいというのではなく、下関市が地方というマーケットの入口になることが大切だと感じましたね。下関市で実証の場がなくても、別の地域をどんどん紹介していく、下関市がマーケットのプラットフォーマーとして情報を集め、それを「スタートアップアンカー」に参加する人々や自治体に還元していく、ということをめざして立ち上げました。意識していたのは、下関を“中心”に据えるのではなく、地方都市全体の“入口モデル”として機能させることです。下関のみで完結させるのではなく、他地域とも相互に紹介・接続し合う“ネットワーク型の地方創生”を志しました。この考えに多くの企業や大学の先生から賛同いただき、国のデジタル田園都市国家構想交付金を採択することができました。私はその後、組織の人事異動により担当を離れましたが、自治体の施策は担当者が変わりながら時間をかけて育っていくものです。立ち上げ段階で私が担っていた役割はいったん区切りがついたので、あとは組織のペースで必要に応じて進んでいくと思っています。
IVS京都2025サイドイベント
活動をはじめて変化を感じたことは?
笠目複数の地域のよい動きをつなぎ合わせ、結果として各地域が動き出す構図を作る活動を行う中で、「地域間連携は大切だ」という意識が徐々に浸透してきたと感じています。その結果、都市部や海外の方々も下関に興味を持ってくださるようになり、個人としてのネットワークも広がりました。私の取り組みに共感してくださる方が自然と増え、さまざまな地域の方々と連携しながら構想を形にできるようになったことは大きな変化です。
また今、私は、AIと地方、官民連携というテーマでコミュニティの共創を推進しています。こうした私自身の活動をおもしろいと思ってくれて協力してくれる人が多くなり、SNSでのつながりも気付けば600名ほどの方々との新たな交流が生まれました。これも大きな変化だと思っています。私は「自分の選択肢を増やしたい」、「動きたい」と思う人が報われる構造を作ることを常に意識しています。ネットワークの差によってチャンスにアクセスできない人が多いことが、地域全体の損失になるからです。だからこそ、地域を超えて情報や人が循環し、誰でも越境できる仕組みをつくりたいと考えています。またこの構造設計を、地域間連携ももちろんですが、グローバルな視点で作っていくことも必要だと感じていますね。
ビジネスマッチングピッチでピッチを行う笠目さん
笠目さんにとっての地域活性を教えてください。
笠目地方に住んでいる人が自分の概念になかったものをまず受け入れる体制を作ることが大切です。その後にクオリティが高いものを別の地域から持ってきて自分たちが持っているものに掛け合わせることが地方活性につながると思います。地域愛が強いからこそ、外の価値を取り込み、自分たちの価値とかけ合わせる“余白”が必要だと感じています。内にある価値と外の価値が出会うことで、地域はより強くなります。時代はどんどん変化しているので、次の世代を人たちのことを考えて、柔軟に新しいものや異質なものを受け入れていくことが大切です。
韓国のスタートアップコミュニティーのみなさんと
次の世代を担う人たちが
選択肢を広げられる
地域にしていきたい。
笠目さんにとっての“EVOLUTION✕LOVE”を教えてください。
笠目これまで市の職員として下関市の方たちの暮らしがよくなることを考えて仕事をしてきました。しかし、子どもが生まれてから「今この地域でやっていることがこの子の10年後、20年後にプラスになるのか」と考えるようになり、そこから地域というよりも、個人の選択肢や可能性を広げることにベクトルが向かい始めました。子どもやそれぞれの大切な人の将来を考えていくこと、それがきっかけとなって地域だけではなく、地域を越えて俯瞰した視点を持てるように進化したこと、それが私にとっての“EVOLUTION✕LOVE”です。
10年、20年後はどうなっていたいと考えていますか?
笠目行政や民間、地域と地域、あるいは海外と自然につながり、学び合うネットワークを作りたいと考えています。学校や会社帰りに立ち寄れる支援起点があり、そこへ行けば自分が興味のあることを気楽に話せる仲間と出会えたり、最先端の研究をしている人とオンラインで気軽につながれるような、世代を超えた学びの場があれば、誰でも自分の選択肢を広げることができます。地域を越えて“共有の学びのインフラ”が存在し、その中でそれぞれの人が自身の思考や未来を広げていく、そんな姿を見ることができたら嬉しいなと思っています。

笠目さん、ありがとうございました!個人の可能性や選択肢を広げられるような構造の構築をめざして活動を行う笠目さんを、今後も応援させていただきます。