Interview Vol.147
米原市でのクリエイティブ活動を通して
地元からも国内外へ向けて
アートやカルチャーを発信できることを
若い世代に伝えたい。
EVOLOVEプロジェクトでは、日本全国47都道府県にて「地元愛」を持ち、積極的に地域活性に力を注ぐ方々へのインタビューを行っています。これまでの活動内容から、この後どのように「地元愛」を進化させていくか。未来へ向けたチャレンジを、皆さんと一緒に考えていけたらと思っています。第147弾の今回は、地元で撮影や動画制作などの活動をしながら、挑戦することの大切さや、地元にいても世界で活躍できることを発信し続ける早川雄志さんに話を伺いました。
早川雄志さん
いろいろな世界で人と会い、
挑戦と経験を積んでいきたい。
その想いが今の原動力に。
現在の活動について教えて下さい。
早川米原市を拠点に、写真撮影や動画制作などのクライアントワークを行っています。個人でも写真集を出したり国内外で個展を開いたり、コラボ制作なども行っています。また海外のクリエイターチーム(STREET DREAMS MAGAZINE)にも所属して、ニューヨークやカナダのメンバーとともに活動をしています。数年前からは地元米原市の行政とも写真で関わらせて頂いており、共に活動しています。
LAファッションとSKATE
米原市で今の仕事を行うことになったきっかけを教えてください。
早川僕は米原市で生まれ育ちました。写真を撮り始めたのは、10代の頃にスケートボードと音楽を中心としたストリートカルチャーや様々な企業にインスピレーションを受けたことがきっかけです。そしてバーテンダーなどいくつかの職を経験したのち、前職の会社に就職し10年ほど働きましたが、途中からはフォトグラファーとしてのアーティスト活動も行っていました。自分の中で「自分を信じ30歳を機にやれることは全部やろう、挑戦するなら今しかない」という気持ちがあったし、いろいろな世界でいろいろな人と出会ってきた経験を生かし挑戦をしていかないとその先の可能性は見えていかないと思いました。
自分の作品をSNSや写真コンテストなどメディアに公開するようになり、そのあたりから少しずつWEB上で名前を取り上げてもらえるようになり仕事のオファーをもらえるようになりました。
撮影中の一コマ
仕事をしている中で迷ったことはありますか?
早川本格的にカメラや映像だけをやっていこうと考え始めてからは3年間くらい悩みました。結局他の選択肢というのはなかったので、悩んだ3年間は無駄でしたけれどね。それに、自分の周りの人たちも、夢や好きなこと、やりたいことに向かって挑戦している人ばかりだったし、身内も応援してくれたのでそれにも背中を押されました。
あと、地域のテレビ放送で僕の活動を取材してもらったことがキッカケで米原市とのつながりができました。次の世代を中心に米原市民のみなさんに僕がやっている仕事や活動を知ってもらう良いチャンスだと思い引き受けました。もし自分が若かったら、地元でこういう動きをしている人がいるんだということが一つの指標にもなっただろうし、そういう意味では特に若い世代のあり方にとってはすごく意味のある行動だと思ったからです。
今の仕事につながる一番大きな行動はなんですか?
早川スケートボードカルチャーに出会ったことですね。それと、20代の頃からニューヨークのカルチャーやファッションがすごく好きで、10年前に「ストリートドリームマガジン」という存在を知ったことで、海外のクリエイターたちとつながるチャンスを得ました。彼らを知った時既に「ストリートドリームマガジン」は、ニューヨークタイムズや世界中の様々なブランドや大手企業とタイアップしたり、年に1回まだ日の目を浴びていない才能溢れる各国のアーティストにもフォーカスしたマガジンを発行してワールドツアーをしているような媒体かつ世界を席巻するカルチャーのハブでした。そのスタイルにすごくハマりましたね。こんな素敵な本を作る人たちに直接会いたいと思い、9年前にニューヨークへ渡米しました。それをきっかけに仲良くなり、今では共に活動し一緒に仕事するようにもなりました。去年まで2年間、初の店舗としての日本進出で東京でギャラリーを運営するなど精力的に活動を行っています。
STREET DREAMS MAGAZINEクルー
活動拠点を米原市にする理由を教えてください。
早川地方の若い人は例えば学校卒業したらいい会社に入って働くとか、何も考えずに大学で上京して、というようなことが多いと思います。または現在、自分の夢をバカにされたり否定されている人もいると思います。実際に僕自身がそうでした。でも中学や高校時代からクリエイティブな世界を選択肢の一つとして捉えることができれば、早い段階から海外にも目が向けられるようになるし、人生の選択肢が増えれば働き方もお金の稼ぎ方の選択肢も増えて、もっと楽しい人生が送れるようになると思います。僕が米原市で活動することで、視野を広げ米原からでも挑戦できると自分自身を信じる人が増えて欲しいです。
早川さんにとっての地域活性を教えてください。
早川滋賀県には琵琶湖があって古い町並みもあって、いいところがたくさんあります。そこに今とはもっと違うアクションを起こせば、人が集まってインバウンドも増えて、プラスアルファでアートやクリエイティブの世界で人が活躍できる街にもなると思います。そういう意味では、地元と一緒にコンテンツを作ってSNS発信を作っていけたらと思いますね。その発信次第でもっといい街にできるし、人も集まり多様化する。それは微力であるかもしれないけれど、やらないと変わらないと思っています。
地元米原市での風景写真
米原市と新たなコンテンツを作り、発信し、
新しい文化を育み、人を呼び込みたい。
早川さんにとっての“EVOLUTION✕LOVE”を教えてください。
早川僕は国内でも海外でもいろいろな活動をしていますが、だからといって必ずしも東京や関東圏に住まなくてはいけないという理由が全くないんですよ。クリエイティブの仕事にも色々な形があり、だからあえて地元で活動しようと決めたのは僕の “EVOLUTION×LOVE”のひとつだと思っています。また滋賀県と新たなコンテンツを作って発信し新たな文化を作り、若い人たちの選択肢を増やしたい、感性を変えたいと思う気持ちはまさに新たな“EVOLUTION×LOVE”の構築中といってもいいかもしれません。
10年、20年後はどのようになっていたいですか?
早川米原市は新幹線が走っていて、西にも東にもとても行きやすい街というのは大きな魅力です。だから今、米原市という街に対するニーズは成長中だと思います。10年後、20年後は米原駅を拠点に、さまざまなところからさまざまな人種が集い、クリエイターが活躍できる企業も増えて、アートやカルチャーが発展し、ギャラリーなども増えていく街に発展していったら嬉しいですね。
僕にとってアートやカルチャーは心を豊かにしてくれたもの。そして経験や過ごした時間は、自分を成長させ、人に優しくさせてくれました。次の世代はもっとそういう文化が育って、街も変わっていってくれたらベストだなと思います。
また人と人とのつながりが大事です。僕がニューヨークで一緒に活動している仲間たちに出会った時も「どれだけお金を稼いでも、どんな華やかなコンテンツを作っても結局は人と人が大事。その気持ちがない奴や、ハートが乗っていない奴とは一緒に生きたくない。自分も常に人を思い大切にしながらクリエイティブしていこう」と話しました。そこは自分の中でも一生ブレません。こんなふうにアートやクリエイティブを通して、人と人とのつながりが今よりもっと濃い街になっていたら素敵ですね。

早川さん、ありがとうございました!アートやカルチャーにあふれ、クリエイターが活躍できる米原市をめざして、地元で活動を続けていく早川さんを、今後も応援させていただきます。