空でつながろう

Interview Vol.17 人が集う、
気仙沼の「灯台」を目指して。

EVOLOVEプロジェクトでは、日本全国47都道府県にて「地元愛」を持ち、積極的に地域活性に力を注ぐ方々へのインタビューを行なっています。これまでの活動内容から、この後どのように「地元愛」を進化させていくか。未来へ向けたチャレンジを、皆さんと一緒に考えていけたらと思っています。第17弾の今回は、宮城県気仙沼市で、コヤマ菓子店を営みながら気仙沼の活性化に取り組んでいる小山裕隆さんにお話を伺いました。

人が集う、気仙沼の「灯台」を目指して。

小山さんとうみねっこー号
(うみねっこー名付け親は交流のあるサンドイッチマン富沢さん)

地域活性の仕掛け人グループ「気楽会」

Q.菓子店をしながら、地域活性化に取り組むことへの想いを教えてください。

小山24歳で気仙沼に帰って以来、洋菓子店を営みながら気仙沼の活性化につながる活動を続けています。気仙沼の活性化に取り組んでいるのは、若者を含め、住んでいる人たちに「気仙沼っていいよね」と思ってもらいたいから。昔は今ほど情報がないから、どうしても都会が良くて地元はつまらないと不満を持つ人が少なくありませんでした。もちろん商工会とか自治体も動いてはいるけど、もっと自分達が主体になって、気仙沼の暮らしを楽しめるプラットフォームを作りたい。そんな話を定期的に同級生としていたら、地元の新聞記者が人を集めてくれて。みんな初対面だし、年齢もバラバラ。気仙沼出身ではない人もいる。でも、気仙沼を面白くしたいという想いで集まったメンバーで、「気楽会(きらくかい)」を結成しました。

会則はないけど、週1回集まって定例会をして、1ヶ月に1回くらい地域の仲間たちを集めて飲み会をしようということだけ決めました。発足以来、15年くらい毎週必ず集まっていたと思います。それこそ震災のあった週も、店も家も服も食べ物もないけど、とりあえず集まりましたね。

僕も気楽会も、地域のためにという高い志より、まずは自分達が楽しむという想いを大切にしていました。自分達が楽しむことで地域が賑わったり、小さなブームが生まれたりして活性化に貢献できたらいいなと。だからそれを目標に、地域の魅力を掘り起こす活動を続けていました。

人が集う、気仙沼の「灯台」を目指して。

気楽会の皆さん

Q.具体的にどのような活動/プロジェクトになったのでしょうか。

小山気仙沼は、ホルモン焼きが美味しい店が多いのです。そこで市内のホルモン屋17ヶ所をリサーチを兼ね毎週飲み会をして、店主のこだわりや味、提供方法などを聞いてデータベースにしました。そのデータをExcelで地図にして、手作りの「気仙沼ホルモンマップ」を作りました。ほかにも屋台でホルモンを焼いて売ったりしました。その活動が地元のテレビ局でドキュメンタリーとして放送され、ちょっとしたブームになりました。今では高速道路のSAで気仙沼ホルモンがお土産として売られるほど、地元グルメとして定着しています。

ほかには自分達の活動拠点として、南気仙沼駅にあったキオスクの跡地で「勝手に観光案内課」を作りました。そこでは毎週日曜、9時から15時までメンバーが観光案内をしたり、お茶や気仙沼産のサンマや気仙沼ホルモンを振る舞って、観光客をもてなしたりしていました。気づいたらメンバーは50人程度まで増え、平日に地元の高校生に観光案内をしてもらったり、周辺の店のクーポンを置いてもらったり、街全体で「勝手に観光案内課」を盛り上げていました。

しかし震災を機に、自分のお店を建て直す必要が出てきたのと、発足当時は“若者”だったメンバーが大人になってきたので、モチベーションをリフレッシュするためにも気楽会を一旦お休みすることにしました。それでも僕は今でも、気仙沼を賑やかにすることがライフワーク。だから現在は社団法人を作り、地域の活性化に向けた取り組みを続けています。

Q.今後、どんなアクションを起こすといったイメージはありますか?

小山自分の店やお菓子を通して、町を元気にしたいです。気仙沼の人にとって震災は、人生の大きな転機で、僕も家やお店が全部流された。その後も急に店の屋台骨だった父親が亡くなり、途方に暮れていた時に助けてくれたのは、やっぱり地元の人でした。変わらずお菓子を買い続けてくれたり、同業者が助けてくれたり。その恩に報いるためにも、気仙沼を元気にするというライフワークに、より強い想いを持つようになりました。

今までと少し違うのは、本業であるお菓子を通して、地域を盛り上げたいということ。具体的には2034年までに、店に灯台を建てたい。店のキャラクターにちなんで、名前は「うみねこランド」。しかも物珍しい建物を建てて終わりではなく、東北を代表するお菓子を作ろうという目標も立てました。東京でも売られて、海外にも知られるお菓子を目指して、みんなが灯台に来てくれる。灯台を拠点として、地元と観光客がつながる場を作りたいです。

そうして賑わっている気仙沼を見て、次世代の子どもたちが「自分も何かチャレンジしてみよう」と思ってくれることを目指しています。

人が集う、気仙沼の「灯台」を目指して。

構想中の灯台イメージラフ画

後世に受け継ぎたい
気仙沼で暮らす楽しさ。

Q.小山さんにとっての EVOLUTION × LOVE を教えてください

小山気楽会を立ち上げた若い頃は、お金を稼ぐことにあまりいい印象を持ちませんでした。金より想いが先だろう、と。実際それもいいモチベーションになりましたが、父親が亡くなっていざ経営をゼロから学び始めた時に、お金を稼ぐことは悪ではないと気づいたのが、大きな転換期でした。しっかりお金を稼いだ上で、自分がやりたいことをやるというバランス感覚の大切さを実感しましたね。

たとえば今、軽自動車をラッピングして、観光スポットで移動販売をスタートさせました。正直、改装費はかなりかさみましたが、宣伝効果も高いし、メディアにも取り上げられた。売上とやりたいことのバランスがちょうど噛み合っている感じがします。

だから夢である「うみねこランド」も、事業プランをしっかり組み、仲間を増やしながら実現させます。

Q.EVOLOVEは共創がテーマですが、“つながる” “つなげる” ことについてどのような想いがありますか?

小山つながりというのは、自然発生的なものだと思っています。もちろん広がりは大きい方がいいけれど、本当に力を出し合えたり共感できる仲間と出会うことが大切。だから地元の経営者たち、若い人もベテランもみんなが気仙沼という一つの船に乗って、地域を盛り上げていきたいです。

この地域でトップを走っている経営者の先輩たちは、心から尊敬できる方ばかり。事業を軌道に乗せつつ、地域や社員からの信頼も厚い。僕をはじめ、みんなが「この人みたいになりたい」と思うような人柄です。実際、父も祖父も、地域の人と関わりながら本当に楽しそうに気仙沼で暮らしていました。「跡を継げ」と言われたことのない僕が結果的にこの道を選んだのも、祖父や父の背中を見てきたから。だから僕も仲間たちと切磋琢磨しながら、その姿勢を次世代に見せていきたいですね。

Q.若者に対してメッセージはありますか?

小山震災から12年、気仙沼は移住者が多くて、移住1年生から12年生まで、移住者同士がちゃんとつながっている印象があります。特徴的なのは、起業して気仙沼で生きていこうと思う若者が多いということ。でもゼロベースで起業するってやっぱり大変で、苦労している様子を見ることも多いです。その人たちに対して、もっと周りを頼ってほしいというのは伝えたいです。気仙沼を選んでくれた人たちが悩んでいるなら助けたいと思うのは、僕だけじゃありませんからね。

また、もっと失敗したり遊んだりしてほしいとも思います。たとえば「男はつらいよ」の寅さんみたいに、もっと気楽に生きてもいいと思いますよ。その時は失敗や無駄だったとしても、その経験は、その後の人生の推進力になるはず。失敗も含めて気楽に生きて、困ったら周りを頼る。そんな経験をしながら、気仙沼で楽しく生きてほしいです。

   ありがとうございました。移住者が多く、変化もある街というのはこれからが楽しみですね。新しい化学反応が起こるといいですね。