空でつながろう

Interview Vol.180 一杯のエスプレッソから
彦根の街の空気を変えていく。

EVOLOVEプロジェクトでは、日本全国47都道府県にて「地元愛」を持ち、積極的に地域活性に力を注ぐ方々へのインタビューを行っています。これまでの活動内容から、この後どのように「地元愛」を進化させていくか。未来へ向けたチャレンジを、皆さんと一緒に考えていけたらと思っています。今回は、スターバックス本社での経験を経て、滋賀県彦根市の郊外にカフェを構え、一杯のエスプレッソで地域の会話と文化を育てる天野智和さんに話を伺いました。

一杯のエスプレッソから彦根の街の空気を変えていく。

天野智和さん

有名コーヒー店ブランドの看板を外して、
何もない場所でブランドをゼロから証明する。

現在の活動について教えてください。

天野彦根の河瀬というローカル駅の近くでカフェを営んでいます。今月でちょうど5年になりますが、物件を探した時は百パーセント止められました。「なんでこんなところに」と。乗降者数も少ない、誰も来ないよと。でも僕は逆に、何もないところでどうブランドを磨き上げていくかという方が、今までやってきたことの意味があるかなと思って、茨の道を選びました。

前職では、出店戦略やブランディング、店舗の改装を担当していました。世界的な旗艦店において、ゼネラルマネージャーを務めました。だからこそ、スターバックスという会社の看板があったからうまくいったんだと言われるのは悲しくて。冠がない状態で、学んだスキルや知識をちゃんと生かして発展できるか、その答え合わせをしたかったんです。

なぜ滋賀を選んだのですか?

天野僕自身は福岡の人間で、妻が滋賀の出身です。妻の実家へ帰省のたびに最寄だった河瀬駅から新幹線に乗り継いで仕事に行っていたので、この辺りの土地勘はありました。滋賀って京都にも名古屋にも金沢にも行ける、すごく便利な場所なんで、何かフックを立てれば逆に人を呼び込めるとも思っていました。福岡でカフェをやることも考えましたが、競合もすでに多いので今更しょうがない。それより、滋賀だけでマーケットを考えると厳しいけれど、大阪や京都や名古屋からわざわざ来るような場所になれば、いけるんじゃないかと考えました。

一杯のエスプレッソから彦根の街の空気を変えていく。

彦根経済新聞のWeb記事より

お店づくりで意識されていることは何ですか?

天野バールにしたらこのマーケットでは絶対に失敗するので、7割カフェ、3割イタリアの要素という設計にしています。お客さんが怖がらないお店づくりを心がけて。エスプレッソは200円にしました。缶コーヒーを買う代わりにここに来ようと思ってもらえる価格です。300円になると、とりあえず一杯とはならない。200円だからこそ、仕事の合間に5分だけ寄ってエスプレッソを飲んで帰る、そういう行動が生まれました。

あとは、カラーをあまりつけないこと。タトゥーの入ったバイカーチームが来たかと思えば、その横に赤ちゃん連れやワンちゃん連れがいたり。365日、誰でもウェルカムという雰囲気を心がけています。自分の好きなことではなく、地域の人が来やすいエッセンスを集めていったら、結果として365日来てくれるようになりました。

一杯のエスプレッソから彦根の街の空気を変えていく。

イタリア訪問時に現地の人と

地域にはどんな変化がありましたか?

天野感覚的なところですが、この店が地域のハブになっていたり、県外の人がここをめがけてきてくれる観光スポットになっている気がします。

例えば、仕事の合間にちょっと来て、知らない者同士が隣で話して、「じゃあもうちょっと夜まで頑張ってきます」と帰っていく。そういう人がすごく増えました。喫茶店で急に隣の人に話しかけるなんてなかなかできないですし、夜の居酒屋だとネガティブな愚痴になりがちですから、昼間に健全にリアルな会話をするという新しい場が、この地域にできたのかなと思います。

エスプレッソの提供数で見ると、最初の1年は1日5杯も出なかった。今は1日平均20〜30杯です。売上も前年比50〜150%で推移していて、県外からのお客さんは5年前と比べて5倍以上に増えています。ご年配の方がエスプレッソだけ飲みに来るのが当たり前になっていて、都会から来た人がその光景を見て驚くんです。「こんな田舎で、こんなかっこいい飲み方してるの?」って。でも地元の方々は全然かっこつけてるつもりはなくて、ただ普通にエスプレッソを締めに飲んでいるだけ。その自然さが面白いんですよね。地元の人には交流の場として、県外の人には「面白そうだから行ってみよう」と思ってもらえる場所として、そんな立ち位置が5年でできてきたと感じています。

一杯のエスプレッソから彦根の街の空気を変えていく。

東京日本橋で行われたイタリア展出店時に出展者の皆さんと

「己を忘れて他を利する」。
瞬発力で配り続けた先に、街が動き出す。

天野さんにとっての"EVOLUTION×LOVE"を教えてください。

天野僕には座右の銘があって、比叡山延暦寺の最澄の言葉で「忘己利他」、己を忘れて他を利するという言葉です。片親で育って、母親が「とにかく利他的に生きなさい」と繰り返し言っていたんです。子どもの頃は意味がわからなかったんですけど、大人になって改めてこの言葉に出会った時に、ああ母が言っていたのはこれだなと。見返りを求めていいことをするんじゃなくて、目の前で困っている人がいたら瞬発力で助ける。必要とされたら行く。そこが僕のDNAに刻まれている気がします。

潜在的にその教えからなのかスターバックスを選んで働いていたと思います。スタバの創業期は「Just Say Yes」という文化があって、困っているお客さんにはちょっと大きいサイズをあげちゃうとか。創業者が「スターバックスを使って地域をグッドネイバーフッドに変えていく」と語っていて、僕はその考え方がすごく好きだったんです。

一杯のエスプレッソから彦根の街の空気を変えていく。

お店のお客様と一緒に

イタリアへ旅行に行った時も、カフェやバールが地域になくてはならない存在として残っていたんですよね。カフェ、バールっていうのは地域を良くし、文化レベルを上げる装置だと思っていてそれが僕の中で確信に変わった瞬間でした。その装置を自分の手で作ろうと決めたのが、ここに来た根本的な理由かもしれません。

振り返ってみると母の教えが土台にあって、スターバックスでの20年間で学びがあって、今がその実行期なんだと思います。だからロジカルに計画を立てるよりも、瞬発力でとにかく目の前の人に配り続ける。これが僕にとってのEVOLUTION×LOVEなのかな?と思います。

10年、20年後はどのようになっていたいですか?

天野具体的なビジョンはあまりないんですが、一つだけ大真面目に考えていることがあります。男の子が三人いるんですが、僕自身は父親を生まれて二ヶ月で亡くしているので、「父親ってこんなもんだ」というのがわからないんです。だから、かっこいい仕事をしている父親の姿を見せ続けて、三人のうち誰かが「この店を継ぎたい」と言ってくれるような仕事を、常にやっていきたい。

あとは、新幹線で滋賀の上をバンバン通っている外国人観光客の0.1%でも降ろすことができたら、この街にとっては大きい。京都のオーバーツーリズムが問題になっている今、電車で1時間のここに来てもらうだけの話なんです。でも来てもらっても、街の人が自分の街を語れなかったら再訪にはつながらない。イタリアのガルダ湖に行った時、犬の散歩をしていたおばちゃんにも掃除のおばちゃんにも「おすすめは?」と聞いたら、20人全員が違う場所を教えてくれた。全員がマイスポットを持っている。彦根の人にそれを聞いても、たぶん答えられない。そこを変えていきたい。向こう3年ぐらいで、なんとか形にしたいなと思っています。

天野さん、ありがとうございました!一杯のエスプレッソから、カフェを「街の装置」として地域の文化と誇りを育てる天野さんを、今後も応援させていただきます。