Interview Vol.182
父のひとことが教えてくれた、
「街じゅう家族」という眼差し。
EVOLOVEプロジェクトでは、日本全国47都道府県にて「地元愛」を持ち、積極的に地域活性に力を注ぐ方々へのインタビューを行っています。これまでの活動内容から、この後どのように「地元愛」を進化させていくか。未来へ向けたチャレンジを、皆さんと一緒に考えていけたらと思っています。今回は、奈良県生駒市の公務員でありながら副業でホップ栽培とクラフトビールづくりに取り組み、耕作放棄地から地域の誇りと経済循環を生み出す和田真人さんに話を伺いました。
和田真人さん
空き店舗に灯した「えがおや」が、
まちづくりの第一歩になった。
活動を始めたきっかけを教えてください。
和田36歳の時に、実家で父と飲んでいたら、「どうせ姥捨て山に捨てられる」とポロッと言ったんです。それまで普通に公務員の仕事をこなしていた自分にとって、この一言がすごく心に残りまして。多世代が最後まで幸せに過ごせる場所を作りたい、一人でも多くの人が笑顔でいられる場所を作りたいと思うようになりました。それが、まちづくりに足を踏み入れた原点です。
最初はどんな活動をされたのですか?
和田当時勤めていた愛知県豊明市で、通勤途中に空き店舗が増えていくのが目に入っていて、もったいないなとずっと思っていました。商店街の若旦那、そして同僚と自分の三人で空き店舗を一室借りて、「えがおや」というコミュニティスペースを立ち上げたんです。大学生と一緒にリノベーションして、住民がワンデーマスターとしてコーヒーを出すサロン兼イベントスペースにしました。
三年間やっていたある日、自分が隅っこで一人で飲んでいても、住民の皆さんだけで楽しく盛り上がっていたんですよ。ああ、この場はもう自走できるんだなと。まちづくりって、いかに自分ごと化してもらうかが大事だと言われますけど、まさにそれを実感した瞬間でした。この活動が「地域に飛び出す公務員アワード」で表彰されて、その団体の一つに生駒市がいたんです。生駒は副業ができる。ここなら家族を養いながら本業もやりつつ、自分が作りたい場所を副業として実現できるんじゃないかと思って、転職を決めました。
耕作放棄地にホップを植えたら、
街にビールと誇りが生まれた。
生駒ではどんな活動をされているのですか?
和田生駒に来た時は、誰も知らない、どこも知らない状態でした。まずFacebookで「レンタル何でもする公務員」と名乗って、無料で何でもお手伝いしますと募集したんです。公務員はよく何もしないとディスられるので、それを関西ノリで面白く逆手に取りました。
そのレンタルの中で畑の手伝いを頼まれたんですが、行ってみたら開墾レベルで。自然は豊かなのに、担い手がいなくて使われていない土地がたくさんある。夏野菜だと二、三日に一回収穫しなきゃいけないので現実的じゃない。だったら、年に一回の収穫で済む多年草のホップを植えて、クラフトビールを作れたら面白いんじゃないかと。地域の経済も回るし、シビックプライドにもなる。
コロナの緊急事態宣言が明けた頃、夜行バスで東京に何回も通って研修を受けました。ホップは岩手のような寒い地域向きなんですが、試しに生駒でも植えてみたら6メートルまで伸びて、ちゃんとできた。自治会の方々にも「一緒に育てませんか」と冗談交じりに声をかけたら、乗ってくださって。耕作放棄地の一角で共同栽培が始まりました。
免許がなかったので大阪のブルワリーに飛び込みで営業して、200本の発泡酒を製造してもらい、お世話になった方々にお礼として届けました。令和6年に法人化して、今5年目になります。
地域にどんな変化がありましたか?
和田ビールづくりを始めてから、自治会の方々をはじめ手伝ってくださる人がだんだんと増えていきました。それがNHKの「おはよう日本」で全国放送されたり、新聞にも取り上げてもらったりして、生駒という名前が全国に広がったんです。それがやっぱり市民の皆さんにとっては嬉しかったんでしょうね。生駒の方々って生駒が大好きなんですよ。メディアに出たことで、その愛がいつもの倍ぐらい伝わってくるようになって、これまで以上に多くの方が声をかけてくださったり、畑に手伝いに来てくれたりするようになりました。市長も応援してくれていますし、「わくわく農園」の方々を中心に、私も、俺も、という感じで自分ごととして関わってくれる人が確実に増えています。
それをきっかけに、農家さんから「うちの野菜使えないかな」「フルーツ分けてあげるわ」という声も出てきました。豊明からは大型バスで視察に来てくれましたし、尼崎の市職員もホップ栽培とビールづくりを学びに来ました。クラフトビールを扱う飲食店も増えて、生駒に醸造所を立ち上げたいという人が2人ほど現れ始めています。
和田さんが手がけるビールを地元の皆さんと一緒にテイスティング
和田さんにとっての地域活性とは何ですか?
和田いかに自分ごと化できるかということと、心理的安全性だと思います。こんなことやってもいいんだ、公務員がビール作ってもいいんだと、お互いを尊敬しながら受け入れられる土壌があれば、新しいチャレンジが自然と生まれてくる。やれない理由を探すのは簡単だけど、やれる理由は探せばある。まずやってみて、経験から学ぶ。その積み重ねが、街の未来を作っていくことなのかなと思っています。
街の一人ひとりに、
それぞれの家族の物語がある。
和田さんにとっての"EVOLUTION×LOVE"を教えてください。
和田やっぱり父の一言に戻るんですよね。あの時「どうせ姥捨て山に捨てられる」と言われて、ずっと心に引っかかっていたんです。二、三年経って、ようやく「お父さん、あの時なんであんなこと言ったの?」と聞いてみたら、「言ったっけ?」って。本人は覚えていなかったんです。
でもそこで気づいたんですよね。父も一人の人間で、きっと寂しさや不安を抱えていたんだろうなと。そう考えた時に、窓口に来る住民の方々にもそれぞれの人生があって、家族のストーリーがあるんだと自然に思えるようになったんです。誰かの親であり、誰かの子どもであり。あの一言をきっかけに、街の一人ひとりが愛おしく思えるようになりました。
それからは本業でも自然と親身に対応するようになって、副業でいろいろ動いていると、住民の方から「和田ならなんとかやってくれるだろう」と頼りにしてもらえるようになった。それがまた本業の信頼にもつながっていく。本業と副業の相乗効果で、いい循環がどんどん生まれてきている。それが自分のEVOLUTION×LOVEだと思っています。
公務員アワードを受賞された和田さん、授賞式時の写真
10年、20年後はどのようになっていたいですか?
和田将来作りたい場所のイメージは、豊明にいた頃にイラストレーターの方に描いてもらったんです。街で採れた野菜や朝採れの卵を使って、街のお母さんたちが体にいい食事を作る「街の食堂」があって。自然の中で子どもたちが工夫して遊んでいて、その傍らで町のおじいちゃんおばあちゃんが見守ってくれている。その間に共働きの若い世代はちょっと映画を見たり、一息つける。温泉もある。そういう多世代が一緒に安心して笑い合える場所を、いつか必ず作りたいと思っています。

和田さん、ありがとうございました!父の一言をきっかけに「街じゅう家族」という眼差しを手に入れ、公務員の枠を越えてビールと笑顔で地域をつなぐ和田さんを、今後も応援させていただきます。