空でつながろう

Interview Vol.185 元漫才師の公務員が、
街の「おもろい」の種に水をやり続ける。

EVOLOVEプロジェクトでは、日本全国47都道府県にて「地元愛」を持ち、積極的に地域活性に力を注ぐ方々へのインタビューを行っています。これまでの活動内容から、この後どのように「地元愛」を進化させていくか。未来へ向けたチャレンジを、皆さんと一緒に考えていけたらと思っています。今回は、元松竹芸能の漫才師という異色の経歴を持つ尼崎市職員・江上昇さんに話を伺いました。芸人時代に培った「笑い」と「場づくり」のスキルを行政に接木し、仕事もプライベートも区別なく街に関わり続けるその活動と思いに迫ります。

元漫才師の公務員が、街の「おもろい」の種に水をやり続ける。

江上昇さん(写真中央)お笑い行政講座(手話・本番時)

芸人を辞めて公務員に。
「芸の根っこは抜かない」という選択。

公務員になった経緯を教えてください。

江上もともと大阪の厳しい私立高校に通っていて、その反動で大阪大学に入ったはいいものの、入学がゴールだったので、大学生活は授業よりも、落語研究会にのめり込みました。当時は今ほど大学お笑いが盛んじゃなかったんですが、やっていくうちにこれを本気でやりたいと思うようになって、大学に籍を残したまま松竹芸能に入ったんです。丸5年、3ヶ月先輩にクロちゃんさん、少し下にみなみかわがいて、一緒にバイトしたりおごったりおごられたりしながらの生活でした。

ちっちゃいお笑いの賞は取れたんですが、テレビの大きな賞には届かなかった。28歳の時にきっかけがあって芸人を辞めるんですが、その前に一つ出会いがあって。尼崎市ってダウンタウンさんや桂米朝さんにゆかりのある地で、お笑いで町おこしをやっているんです。市が主催するお笑いの賞に出て、市長賞をもらっていたんですよ。だから芸人を辞めた後、裏方に行くか迷った時に、全然違う行政の世界に入って、お笑いで町おこしをした方が自分の力を活かせるんじゃないかと。芸の根っこは抜かずに、行政に接木する。お笑いが文化として根付いている尼崎だからこそ、その選択ができました。

市役所に入ってすぐ地域活動を始めたのですか?

江上いえ、最初の8年間は予算決算や議会対応など、完全に内部の仕事でした。役所の構造や合意形成のプロセスを学べたのは良かったんですが、市民と一緒にワッショイするようなことは皆無で。ある日突然気づいたんですよ、「プライベートで勝手にやればいいんだ」と。すぐ気づきそうなものなんですけどね。そこからですね、地域で動き始めたのは。

元漫才師の公務員が、街の「おもろい」の種に水をやり続ける。

お笑い行政講座時のお写真

モヤモヤを形にして、最初の離陸を手伝う。
そこから先は、みんなが勝手に飛んでいく。

どんな活動をされているのですか?

江上たくさんあるんですが、一番わかりやすいのは、もう一人の元漫才師公務員と組んでやっている「お笑い行政講座」ですかね。尼崎って治安がすごく良くなっていて、ひったくりはピーク時の80分の1に減っているし、学力も上がっている。でもそういうポジティブな変化を市報や記者会見で発信しても、なかなか興味を持ってもらえない。だったら漫才で届けようと。町会の総会や小学校に呼んでもらって、行政情報を笑いに乗せて届ける住民向け広報をやっています。ラジオに出演したり、取材を受けて記事にしていただいたりすることもありますね。

もう一つ大きいのが、障害のある人もない人も一緒に作る漫才と新喜劇です。聴覚障害の方と手話で漫才をしたり、車椅子の方と舞台に上がったり。舞台に立てば障害の有無は関係なくて、一人ひとりの個性がそのまま武器になる。毎年爆笑をさらう人もいますよ。台本や演出は私が担当していますが、あくまで裏方で、主役は舞台に立つ出演者のみなさんです。収益を目的にしていないからこそ、じっくり作り込める部分もあると思っています。ちなみに、毎年200〜250人が観に来てくれて、屋外開催で7年間一度も雨が降っていないという奇跡も続いています。

元漫才師の公務員が、街の「おもろい」の種に水をやり続ける。

ミーツ・ザ・新喜劇

それ以外にも、地元の本屋さんでビブリオバトルを始めたら、そこが街に開いていく場所になって、トークライブや朝食会が始まって。その本屋さんの物語が小説になり、ドキュメンタリー映画にもなりました。高校生と一緒にスケボーパークを作る動きに伴走したら、彼らがNPO法人を作って自分たちで運営するところまでいった。最近は市職員4人で一般社団法人「尼崎家守舎」を運営していて、空き家をリノベして貸し出したり、JR尼崎駅前のショッピングモールでコミュニティスペースの運営もしています。活動は無報酬なので、好きにできますがお金にはならない。趣味であり、ライフワークであるとのこと。

元漫才師の公務員が、街の「おもろい」の種に水をやり続ける。

本屋さんでのビブリオバトル時にみなさんと

元漫才師の公務員が、街の「おもろい」の種に水をやり続ける。

スケボーパーク開設時に

共通しているのはどういう関わり方ですか?

江上全部に共通しているのは、最初のきっかけ作りと離陸の部分なんです。公務員という立場だと、何かを始めようとしている人の背中を押しやすい場面があります。行政と民間の間に立って調整できる役回りなので、話が前に進みやすいこともあって。モヤモヤしている思いやパーツを一緒に一つのイベントとして形にして、「こういうふうにできるんだ」という最初の成功体験を一緒につくる。そうすると、あとはみんなが自分たちで動き出していく。種まきと水やりを続けている感覚ですね。そうするとみんな自分たちでもできるとわかるから、あとは勝手に飛んでいく。種まきと水やりを続けている感覚ですね。

江上さんにとっての地域活性とは何ですか?

江上「やったらできそう」という空気感が街の中にあることだと思います。お金を投下して何かを作るというよりは、やりたいと手を挙げたら「私もやる、手伝う」と人が集まってくるカルチャー。この指とまれでわーっと寄ってくる雰囲気。平和で上品な街より、個性的でおもろい街の方がいい。そういうカルチャーを作って、次の世代に継承していくことが地域活性なんじゃないかなと思っています。

掛ける1から、掛ける10へ。
進む角度を1度変えれば、
10年後の景色が変わる。

江上さんにとっての"EVOLUTION×LOVE"を教えてください。

江上いろんな出会いから生まれるインパクトって本当に大きくて。潰れた喫茶店をリノベして、コミュニティスペースとして運営していた時期があるのですが、その時もたまたまDIYの専門家とまちづくりを手掛けるNPOの職員と出会って、三者ともちょうどそういうことをやるタイミングだった。本屋さんでの活動もスケボーも新喜劇も、全部たまたま誰かと出会ったことから始まっている。だから、日々の小さな選択を前向きにしていくことが大事だと思っています。今日忙しいけど誘われた、行くかどうか。その日の夜のイベントに顔を出すか家に帰るか。そこに行けば出会いがあるかもしれないし、たまたま出会った人が何年も自分を導いてくれることもある。

2012年頃からずっとプレイヤーとして地域で動いてきたんですが、最近は少しシフトしています。今、市の総合計画という最上位の方向性を決める仕事に携わっていて、これまで現場で聞いてきた市民のみなさんの声や、感じてきたことを計画づくりに活かせる立場にいます。一人ひとりが街で頑張ることの掛け算が1だとしたら、その声を計画という形で組織全体に広げていけたら、10にも100にもなるかもしれない。

自分がやろうとしているのは、進む角度を変えることなんです。1度、2度ぐらいの角度の変化はしばらく誰も気づかない。でも10年後、20年後に振り返ったら大きな違いが出ている。これまでの人生や、街の人に幸せになってほしい、という思いを計画に反映して、街全体の方向を少しだけ良い方に動かす。目立つことはないけれど、街に与える影響は実はその方が大きい。ゴールはずっと変わらなくて、市民の幸福。そこに向かって日々の選択を重ねています。

元漫才師の公務員が、街の「おもろい」の種に水をやり続ける。

職員の自主勉強会「夜カツ」

10年、20年後はどのようになっていたいですか?

江上次世代の「変なやつ」がもっと尼崎に来てほしいし、市役所に入ってほしい。固い中でおもろいことをやるから面白いんです。プロセスを楽しめる人と一緒にやりたい。あとは出会いの場や居場所をもっと作りたい。グローバルなことは得意な人に任せて、自分はローカルで身の回りの人を幸せにしていく。そういう人を応援していく。それをずっと続けていきたいですね。

江上さん、ありがとうございました!元漫才師の発想力と行政のネットワークをかけ合わせ、街の「おもろい」を次々と形にしていく江上さんを、今後も応援させていただきます。