Interview Vol.187
東京・町田で畑を耕す。
「農家がいる風景」を未来へ残す。
EVOLOVEプロジェクトでは、日本全国47都道府県にて「地元愛」を持ち、積極的に地域活性に力を注ぐ方々へのインタビューを行っています。これまでの活動内容から、この後どのように「地元愛」を進化させていくか。未来へ向けたチャレンジを、皆さんと一緒に考えていけたらと思っています。今回は、東京都町田市の鶴川エリアで農業を営む新規就農者・佐藤農場の佐藤嗣高さんに話を伺いました。世田谷に生まれ育った「都会っ子」が、なぜ東京で農家という道を選んだのか。その歩みと思いに迫ります。
佐藤嗣高さん
「深夜特急」に憧れた少年が、
農業という遠い景色にたどり着いた。
現在の活動について教えてください。
佐藤2020年から、東京都町田市の鶴川エリア、旧鶴川村にあたる場所で農業をしています。非農家出身の新規就農者です。今は旬の野菜を9品目ほど詰め合わせたセットを、定期便で、世田谷区と町田市周辺のお客様に直接配達しています。
佐藤さんが作る季節のやさいたち
農業を始めたきっかけを教えてください。
佐藤農家の生まれでもない東京出身の自分が農業に進むのは珍しいと思うんですが、きっかけは高校時代で、旅に興味があったんです。沢木耕太郎さんの「深夜特急」が周りで流行っていて、バックパッカーの世界に憧れて。ただ当時は海外に行けなかったので日本各地を回るうちに、住んでいた場所の外って畑や田んぼが多いなと。東京生まれの自分にとって農業はすごく遠い世界で、その遠い景色を見てみたいという旅の延長のような感覚で、東京農業大学に進学しました。
最初から農家になろうと思っていたわけではなくて、出版か農業か迷っていたんです。ただ「勤めは3年で辞めて自分で何かをやる」とだけは決めていた。それで農業系の出版社に入って、営業で全国3000戸件ほどの農家さんを回るうちに、自分もやりたいと強く思うようになった。その後、大分県豊後大野市や福島県西会津町など各地で農作業を経験させてもらい、町田で1年研修しながら、キッチンカーで焼き芋を売りつつ生計を立てていました。そこにコロナ禍が来て大変でしたが、縁あって町田で土地を借りられて、就農に至ったんです。
一枚、また一枚と畑を引き受けるたび、
地主も、地域の農地緑地も救われていく。
なぜ東京で、しかも地域密着型を選んだのですか?
佐藤農家になると土地に根付くので、一生そこに居続ける可能性がある。だからどこでやるかはすごく重要でした。東京は土地が少なく、農業には条件が不利な場所です。でも農家さんを回っていると、定年後の友達や後輩が畑に来て一緒に作業していたり、そういうつながりの中で生きていく姿にいいなと感じて。せっかく東京でやるなら、東京にも新鮮でいい野菜があると知ってもらう窓口になれたらと思ったんです。
今使っている農地は自分の土地ではありません。最初は「どこの馬の骨かもわからない奴に大切な農地は貸せない」というのが本音だったと思います。でも5年、6年と続けるうちに、少しずつ近くの人から「空いたからやらない?」と声をかけてもらえるようになった。大切な場所を、わざわざ貸していただいている。ご先祖が開いてくれた土地なんだと思うと、「やらせていただいている」という感覚が強いんです。
実は町田は、中学高校と世田谷から通っていた縁のある場所です。サッカー部でときどき自由な外周が許される日があって、山に入って景色に感動していた。鬱々とした高校生の頃でも、綺麗だと思っていたんですよね。去年、その外周でいつも見ていた農地を、たまたま借りることができた。かつての自分のように鬱々と暮らす方が、この道を通ってふと見上げた時に、その先にうちの農地があるかもしれない。そこにはできたら綺麗な農地があってほしい。そんな思いでこの土地を使っています。
定期便で購入できる野菜たち
地域にはどんなインパクトがありましたか?
佐藤さんにとっての"EVOLUTION×LOVE"を教えてください。
佐藤正直、6年でどうこうできることではないんですが、今やらせてもらっている面積が、最初の10倍ぐらいになっているんです。もし僕が農業をやっていなかったら荒れていたかもしれない土地が、それだけ増えていること自体が、ある種のインパクトなのかなと思います。
畑を一枚引き受けるたびに、地主さんも助かるかもしれないし、地域の農地緑も残る。自分では大それたことをしている感覚はないんですけど、結果として農地が少しでも長く続くことにつながるなら、続けてきてよかったなと思いますね。
知人の方々と春に里芋植えて秋に芋煮会を行なっている様子
佐藤派手な官民連携のようなことはしていなくて、本当に小さなプレイヤーの一人です。ただ、友人の子どもやお客さんの家族が畑に来て、農作業を経験してもらう機会はよく作っています。土に触れて、一緒に農作業をして帰ってもらう。地域のイベントに出たり、直売の場に立ったりもします。農家側が地域の人とちゃんと交流して伝えることが大事だと思っています。町田は、街と農地と、地元野菜を買える場所や飲食店が共存する、すごくバランスのいい地域です。このバランスを守ることが、街の魅力につながると思っています。
佐藤農場で栽培するパッションフルーツ
一人で耕しているつもりが、
いつも誰かと一緒に育てていた。
佐藤さんにとっての"EVOLUTION×LOVE"を教えてください。
佐藤農業って一人で黙々とやる仕事だと思っていたんですが、実はまったく一人じゃなかったんですよね。それに気づけたことが、僕にとってのエボリューションラブだと思います。
野菜セットを定期便で届けていると、6年間ずっと頼み続けてくれる方もいて、続けているうちにお客さんの家族構成の変化まで見えてくるんです。子どもが家を出たり、赤ちゃんが生まれたり。「娘が出ていったから、私たちの好きな野菜を増やして」といった会話の中で、その家庭の暮らしに自分が関わらせてもらっているんだと実感する。地元にも届けていて、小学生の頃のサッカーチームのコーチにも配達しているんですが、そのコーチの子どもが僕を認知して野菜を食べてくれている。そう考えると、下手なものは届けられないなと、背筋が伸びます。
去年はすごく暑くて雨も降らず、いいものが作れない時期があったんですが、その時もお客さんの方から「こんなに暑いんだからパッションフルーツやったらどう?」と提案をもらって。農家さんを訪ねて教わって、試しに植えてみたら結構できた。来年は規模を広げようと思っています。栽培方法も、届け方も、育てる作物も、全部お客さんとの関係の中で変わってきた。口コミで新しいお客さんを連れてきてくれるのも、いつもお客さんの側なんです。いつもみんなと一緒に育ててきたんだなと。
農業を始める前は、正直ここまで人の生活に関わる仕事だとは思っていませんでした。でも「農業をきっかけ」に人とつながる事業者になったからこそ、自分がこの街や人の暮らしの中でどんな役割を果たせるのかが、少しずつ見えてきた。今こうして続けてこられたのは間違いなく地域の方々のおかげなので、いい野菜で恩返ししていきたい。その気持ちが、今の自分を動かしています。
佐藤農場で採れた野菜での料理
10年、20年後はどのようになっていたいですか?
まずは経営を安定させて、この地域で農業を続けていくこと。そして、もし誰かが「農業ができない、土地が荒れてしまう」となった時に、その農地を活用して地域に野菜を届けられる力をつけること。この毎年の積み重ねの結果として、10年、20年とこの地域で農業を続けられれば、これ以上の幸せはありません。もし理想が叶うなら、「町田といえばこの野菜だよね」と言える特産を一つでも生み出せたら光栄です。東京で農業や野菜に興味を持つ人の、最初の窓口のような存在でいたいですね。

佐藤さん、ありがとうございました!東京・町田で「農家がそこにいる風景」を守り、お客さんとの関係の中で農業を育てる佐藤さんを、今後も応援させていただきます。
佐藤農場さんの野菜購入はインスタのDMより購入できます。
https://www.instagram.com/satonojyo_machida/?hl=ja