空でつながろう

Interview Vol.30 湯治の町・別府市鉄輪(かんなわ)で紡ぐ、
人・ビジネス・地域活性の「関係」。

EVOLOVEプロジェクトでは、日本全国47都道府県にて「地元愛」を持ち、積極的に地域活性に力を注ぐ方々へのインタビューを行なっています。これまでの活動内容から、この後どのように「地元愛」を進化させていくか。未来へ向けたチャレンジを、皆さんと一緒に考えていけたらと思っています。今回は、大分県別府市で、温泉好きが高じて湯治ができるシェアハウス「湯治ぐらし」の運営を行なっている菅野静(かんのしずか)さんに話を伺いました。

湯治の町・別府市鉄輪(かんなわ)で紡ぐ、人・ビジネス・地域活性の「関係」。

湯治ぐらしメンバーと菅野さん(写真左から2番目)

200ヶ所目で出会った、
湯けむりのある理想郷

Q.現在の活動に至ったキッカケ・現在の活動について教えてください。

菅野私は温泉が大好きで、日本全国の温泉を巡りました。結果的に200ヶ所くらい訪れたでしょうか。150ヶ所目くらいで好きが高じて、温泉の魅力を英語で発信する「ONSEN WAKIPEDIA」というサイトを、外国人観光客向けに立ち上げました。

そして200ヶ所目くらいで出会ったのが別府・鉄輪。訪れた瞬間、その魅力に惚れてしまい、2020年2月に家族で移住しました。

移住した翌年には、湯治ができるシェアハウス「湯治ぐらし」をスタート。今は「湯治ぐらし」のほか、新たな温泉産業を創出するビジネスの企画などを考えています。

Q.温泉の中でも「湯治」をキーワードにされている理由をお聞かせください。

菅野西洋医学が発達し、さらに人々が忙しない現代において、温泉の力を借りてじっくり不調を治す湯治の機会はなくなってきていますよね。しかし温泉に行くと、体はもちろんココロもほぐしてくれて、自分に新しいエッセンスを加えてくれる。それが今の忙しい時代に合っていると常々思っていました。そこで、現在における湯治の役割を「身体と心を見つめ直す静かな時間」と再定義し、活動の軸にしています。

湯治とシェアハウスを組み合わせたのは、かつて湯治場にあったような様々なバックグラウンドの人が集う場を作るため。空き家バンクで家を探して、シェアハウスに改修したところすぐに部屋が埋まってしまい…。急遽、男女別に3ヶ所4棟に増やし、現在は17名の入居者に加えて、企業2社が入っています。

大切なのは、シェアハウスだからこそ、人それぞれが持つストーリーやバックグラウンドを共有したり、理解し合ったりして、価値観の交換をすること。だから「湯治ぐらし」では、みんな湯治や仕事をしたり、時には一緒に畑作業や料理をしたり、先生を招いて講座をしたり。積極的に外部の人も招きつつ一人ひとりの考えを大切にしながら、程よい距離感を保って暮らしています。

湯治の町・別府市鉄輪(かんなわ)で紡ぐ、人・ビジネス・地域活性の「関係」。

菅野さんが運営するシェアハウスで実施した「蚤の市」

Q.全国津々浦々の温泉を巡った菅野さんが、最終的に別府に移住した決め手は何だったのでしょうか。

菅野今は別府の中でも鉄輪という地域にいます。以前から湯治をキーワードにしている私にとって、「出会ってしまった」と衝撃を受けるほど魅力的な地域でした。

私が鉄輪に惚れ込んだ理由は、この景色。本来、鉄輪のように温泉が湧く湯けむりの立つ地域はガスが立ち込めるため「地獄」と呼ばれ、人が住める場所ではありません。しかし鉄輪は日本でも有数の、湯けむりが立ちながら人が住める町。むしろ噴気を活用して、地獄蒸しという料理や、暖房や乾燥室に活用したり、ライトアップしたりしています。まさに湯けむりとともに生きている鉄輪は、私にとっては地獄というよりも天国だと思いました。

また鉄輪で地域のために尽力されている経営者の多くが女性だったのも、新鮮な驚きでした。自分も温泉を通じて経済活動をしたいと思った時、周りにモデルケースとなるような女性経営者がいると心強いですよね。

待機児童がおらず子育てしながら働きやすい町だったこと、この地域だけで2,400ヶ所もの温泉が湧いているため一生かけて温泉旅ができること、温泉というコンテンツで仕事ができることなど、すべての条件がつながって移住を決めました。

湯治の町・別府市鉄輪(かんなわ)で紡ぐ、人・ビジネス・地域活性の「関係」。

別府市鉄輪温泉の様子

Q.ご自身の活動や、鉄輪への想いを教えてください。

菅野鉄輪は別府市にありますが、別府の中心エリアと鉄輪は違うようで同じ、同じようで違う雰囲気があります。中心エリアはにぎやかな観光エリアですが、鉄輪は昭和の雰囲気を残した湯治街。私は観光というより「関係」が大切だと思っています。一緒に湯治した人との関係であったり、滞在する土地との関係だったり。「関係」を編むことでリピートするし、思い入れのある土地になると思っています。

たとえば私の場合、「もう一度行きたいな」と思い出す温泉地の共通点は、泉質や風景以上に、人との出会いがあった地域。その土地ならではな食べ物や風土、文化を教えてくれるストーリーテラーがいたから、何度もリピートしたいと思えました。

だから私も、鉄輪のストーリーテラーでありたい。鉄輪が「関係」を構築していける温泉地であってほしいので、私は努力し続けたいですね。

地元の人にこそ知ってほしい、鉄輪の底力。

Q.菅野さんにとってのEVOLUTION x LOVEを教えてください。

菅野ただの温泉マニアだった私が、移住・ビジネスという観点で温泉に関わるようになったのは、温泉の多彩な魅力に尽きます。温泉によって色も泉質もぜんぜん違う。温泉に関わる資格は軒並み取得しましたが、マグマや断層など地質学が絡んでくるし、雨や海といった水質も学ばなければいけない。歴史や民俗学など、色々な角度から研究できるのが温泉の魅力です。

しかし地域の人と話すと、温泉という存在が近すぎるあまり、奥深さに気づいていないと感じることが多いです。生活の中に温泉が溶け込んでいる証拠ですが、移住したからこそ気づいた温泉の魅力、奥深さをもっと発信したいと思うようになったのが、私にとってのEVOLUTION x LOVEです。

そんな想いから新たにスタートしたのが、温泉湯治カウンセリング「みんなの保健室」。温泉にも泉質によって相性があって、たとえば乾燥肌の人は硫黄泉に入るとさらに乾燥してしまうこと等はあまり知られていません。だからその時にはしっかり保湿することや違う泉質の温泉を案内したり。その時の心理状態や、血圧やストレス値を計測した上で、泉質や温泉施設をお勧めしています。そういった温泉の価値・存在を地域の内外の人に伝えて、価値向上に貢献したい。いわば「温泉翻訳家」になりたいですね。

もう一つ、移住を通して考え方が変わったのは、温泉産業を創出したいということ。入浴はもちろん、水も温泉、立ち上る湯気も立派な温泉です。温泉の多彩な魅力を別の切り口から考えたときに、観光・入浴という文脈以外の産業を起こせるのではないかと考えています。

今、「湯治ぐらし」に入っている企業のうち1社は、東京理科大学発ベンチャーの「preArch」さん。「湯治ぐらし」全体を実験場として契約しています。温泉と先端科学技術を掛け算して、熱を活用できる可能性を探っています。観光以外の産業を作っていくことで、地域活性化はもちろん、地元の雇用創出や後継者育成につなげたいと考えるようになったのも、移住したからこその変化ですね。

湯治の町・別府市鉄輪(かんなわ)で紡ぐ、人・ビジネス・地域活性の「関係」。

街の人が利用できる菅野さん運営のシェアスペース「スクランブルベップ」

Q.最近の若者に対して思うことはありますか?

菅野情報が多いゆえ、理想と現実とのギャップに苦しんでいる若者が多いのではないでしょうか。キラキラ活躍しているように見える人も、実は泥臭く仕事をしていたり、成功に至るまでに苦労しながら地道に活動してきたはず。しかしメディアやSNSでは成功した部分しか描かれていないから、実際に取り組んでみて「こんなはずじゃなかった」と苦しんでいる人が多い印象です。

だから若者たち・学生たちには、「まずは、小さくてもなにか一つ成し遂げよう」と伝えています。できなかったらサポートするし小さな失敗はリカバリーしやすいから、まずは自分で考えて、足を使って話を聞きに行ったり、関係性を作って気持ちを通わせようよと。

小さな成功・失敗体験を着実に積むには、時間がかかります。でも時間をかけて一つのことを形にすることで、本当の意味で「自分の人生を生きる」ことができるのではないでしょうか。

   菅野さん、ありがとうございました!町のあちこちに温泉があり、住民が当たり前のようにふらっと入っていく。そんな温泉と共に生きる町、鉄輪。菅野さんが今後、「観光」だけにとどまらない鉄輪の魅力をどんなカタチで発信していくのか、楽しみにしています!