
Interview Vol.96
偶然に音楽と出会う街角
伝統と革新の交差点「日本橋」をジャズが繋ぐ
EVOLOVEプロジェクトでは、日本全国47都道府県にて「愛」を持ち、未来へ向けたチャレンジをしている方々へのインタビューを行なっています。愛は人類を進化させる最も大きなモチベーションだと信じて、みなさんと一緒に考えていければと思います。
今回は、「日本橋の街角にもっと気軽に音楽を︕」という想いで2023年にスタートした日本橋の街角をステージとしたフリーライブイベント「NIHONBASHI PUBLIC JAZZ」を担当する三井不動産株式会社 加藤亜利沙さんと、アート・音楽・食などを通じてカルチャーを発信しているTRAVELING ELEPHANT株式会社 梁剛三さん、高田郷子さんにお話を伺いました。
アートを通じて街の文化を創っていく
「NIHONBASHI PUBLIC JAZZ」とは、どのようなイベントでしょうか?
加藤「NIHONBASHI PUBLIC JAZZ」は、国内外で活躍するアーティストによるジャズライブを無料で楽しめるフリーステージを中心とした音楽イベントです。2023年11月に初開催され、24年には8月と11 月に開催されており、日本橋の魅力をジャズを通じてより多くの方に体感していただくことを目的としています。
このイベントには、世界的に著名なプレイヤーから、新進気鋭の若手アーティストまで幅広い世代のミュージシャンが参加し、街行く人々にジャズ特有の即興演奏の楽しさを届けたいという思いで開催しています。
日本橋は江戸時代に五街道の起点として栄えた歴史的な地であり、現代にも古き良き街並みを残しながら、新しいビルやホテルが立ち並ぶ活気ある街へと進化しています。その「伝統」と「革新」の交錯は、ジャズが持つ即興性や多様性とも重なり合い、日本橋の魅力を象徴するものだと感じています。
梁「NIHONBASHI PUBLIC JAZZ」は、「日本橋の街角にもっと気軽に音楽を」という思いから2023年にスタートした、都市型のフリーライブイベントです。街そのものをステージとし、公共の場で行うこのイベントは「つなぐ」ことに大きな意義があると考えています。
音楽を通じて、人と人、歴史と現代、日常と芸術――さまざまなモノやコトをつなぎ、豊かな時間と空間を生み出すことを目指しています。
ジャズをテーマにしたのはなぜでしょうか?
加藤私のミッションは“アート”という視点から日本橋の街を盛り上げることです。そして、音楽もまたアートの重要な一形態だと捉えています。ジャズと日本橋には、本質的な共通点があると感じています。ジャズは、伝統的なスタイルやスタンダードを大切にしつつも、常に新しい手法やアプローチを取り入れながら進化し続ける音楽です。一方で日本橋も、歴史や伝統を大切にしながら、老舗がその価値を守りつつ、新しい挑戦者や革新を受け入れる寛容さを持つ街です。この「温故知新」の精神が、ジャズと日本橋の性格を見事に重ね合わせていると感じたことから、当社ではジャズをテーマにしたイベントを企画しました。
梁私たちは日本橋において、アートやイベントが交わる場として「THE A.I.R BUILDING」というテナントビルを運営しています。その活動の中で、日本橋に最も相応しい音楽とは何かを考えた時、ジャズこそが街の特性と響き合う存在だと感じました。加藤さんがおっしゃった通り、ジャズは伝統を尊重しながら新たな表現に挑戦し続ける「温故知新」の精神が根付いた音楽です。そして日本橋もまた、古き良き歴史と現代の革新が交錯する街です。
日本橋にはこれまで「特定の音楽のイメージ」が存在しませんでした。「日本橋らしい音楽とは何か?」という問いに対する答えとして、ジャズが自然と浮かび上がってきたのです。ジャズが持つ即興性や多様性、そして時代を超えて愛される普遍性は、日本橋という街の魅力とも重なります。「ジャズの音楽を象徴する街=日本橋」として新たな文化を育んでいけたら、それはとても意義深く、面白い取り組みになるのではないかと考えました。
イベントの目的は何でしょうか?
加藤私たちがイベントを実施する際には、主に3つの目的があります。1つ目は、日本橋のオフィスで働くワーカーの方々に、この街の新たな魅力を感じていただき、「日本橋で働くことが嬉しい」と思っていただくことです。それによって、オフィスに通い続けるメリットや、街とのつながりを再認識してもらうことを目指しています。
2つ目は、普段日本橋を訪れる機会のない層の方々にも足を運んでいただくことです。特に音楽ファンの中には、日本橋という街に馴染みがなく、降り立ったことすらない方も少なくありません。そういった方々に「日本橋って、実は魅力的な街だね」と感じていただくきっかけを作ることを意図しています。
梁その目的を達成するために、イベントは金・土・日の3日間にわたって開催しました。金曜日の夜は、仕事終わりのワーカーの皆さんがジャズを楽しんでリフレッシュできるような場を創出しました。土日は、オフィスワーカー以外の方々にも訪れていただけるよう、ファミリー層やお一人でも楽しめるように工夫して企画しています。
加藤そして3つ目は、地元住民の皆さんに楽しんでいただくことです。例えば「オープンマイク(=のど自慢)」コーナーでは、老舗鰻屋の若旦那が仕事の合間に白衣姿のままカラオケを披露してくださいました。こうした光景は、この街ならではの温かみや魅力を象徴していると感じています。

地域の人たちと一緒につくる街
地元の方たちとの交流は、イベント開催時以外にもあるのでしょうか?
加藤はい、日常的にさまざまな交流があります。日本橋に古くから続くお祭りにも三井不動産として参加させていただいております。また、老舗の店舗や地元の方々とお話しする機会も多く、街とのつながりを大切にしながら活動しています。
私たちの役割は単なるビジネスではなく、街そのものと真摯に向き合いながら関係性を築き、日本橋の魅力を未来へとつないでいくことだと考えています。そういった意味でも、地元の方々との関係は私たちの活動の中で最も大切にしていることの一つです。
「日本橋街づくり推進部」という部署があるということは、会社として街づくりを非常に重視されているのですね。
加藤おっしゃる通りです。私たちとしては、単に開発を進めるだけでなく、「街全体を皆で良くしていく」という姿勢が何より重要だと考えています。もし、私たちの取り組みが一方的で独りよがりであれば、街としての文化や魅力は育ちません。
こうした考え方は、日本橋に限らず、当社が開発に携わる他のエリアにおいても一貫しています。街づくりを大切にし、その地域と協調しながら未来へつなぐ開発を目指すことこそが、私たちのビジョンです。
どうやって住民の方々のニーズをヒアリングするのですか?
加藤私たちは住民の方々の声を大切にしながら街づくりを進めています。専任の担当者が各町会の定例ミーティングに参加させていただき、密に話し合いを行っています。例えば、工事現場の仮囲いについて、「真っ白な仮囲いばかりでは街全体が無機質になってしまうので、もっと華やかで賑やかなものにしてほしい」という声が住民の皆様から寄せられていました。
そうしたご意見を受けて、現在ではカルチャーやアートを取り入れた装飾を行っています。具体的には、日本橋一丁目の中央通り沿いの工事現場で、海外やZ世代の若者たちの間で流行している、日本の1970年代から1980年代の音楽ジャンル「シティポップ」をテーマにした仮囲いを実施したり、日本橋本町3丁目の工事現場で、TOKYO MIDTOWN AWARD 受賞アーティストとのコラボレーションによる仮囲いの装飾を実施したりしています。
私たちは住民の皆様と力を合わせ、共に街を盛り上げることを大切にしています。街の皆様と共創しながら、新しい日本橋の姿を築いていきたいと考えています。

公共の場で、良質な音楽に接することのステキさ
ジャズのイベントへの反響は?
加藤2023年の第1回開催時から、回を重ねるごとに来場者数も着実に増加しており、今後はさらに規模を拡大し、より大きなイベントへと成長させていきたいと考えています。
ジャズファンの方々からは「こんな素晴らしいアーティストのライブを無料で楽しめるなんて」と驚きや喜びの声が寄せられました。一方、ジャズに馴染みのなかった方からも「初めて聴いたけれど、こんなに楽しいとは思わなかった」という感想が多く聞かれました。また、アーティストたちからも「都心のオープンな空間で演奏できる場はなかなか日本にはない」「通りすがりの方や、子供連れのファミリーにも聴いてもらえるのが嬉しい」といったポジティブな意見を多くいただいており、今後もこの取り組みを継続していきたいと思っています。
高田ジャズアーティストは、ポップミュージックのアーティストと比べてメディアへの露出機会が限られているため、自分たちを広く知ってもらえる貴重な場となっています。例えば、小さなお子さんがいる親御さんにとっては、ライブハウスに足を運ぶことは難しいですが、屋外のイベントであれば気軽に参加できます。アーティストにとっても、そういった新しい層、特に若い世代にアプローチすることは、将来的なファン層の拡大に繋がり、音楽業界全体の土壌を豊かにすることにも寄与します。
本当に実力のあるミュージシャンたちが、既存のファン層を超えて幅広い人々に触れてもらえる機会を作りたい。その思いはイベントの名称にも込められており、「NIHONBASHI PUBLIC JAZZ」は“公共性”を象徴しています。多くの人々がジャズに触れることで、その魅力を再発見し、音楽文化がさらに根付いていくことを期待しています。
梁このイベントの価値は「パブリック」であること、そしてそれが「都市」で実現されていることにあると思います。かつてニューヨークに住んでいた時期、都会の中で無料の音楽イベントやフェスティバルに頻繁に参加していましたが、「電車ですぐ行ける距離で、気軽に楽しめる」というアクセスの良さが、都市型イベントの魅力だと実感していました。「ちょっと子供を連れて散歩がてら立ち寄ろうか」と気軽に参加できる。その環境が日本橋で実現できていることは、まさに奇跡的とも言えるでしょう。
オフィスワーカーが行き交う大都会・日本橋というロケーションにおいて、良質な無料イベントをパブリックスペースで提供する意義は非常に大きいと感じます。客観的に見ても、これほどアクセスしやすい場所でクオリティの高い音楽イベントが実現していることは素晴らしいことであり、今後もこの価値を多くの人に届けていきたいと思います。
帰りがけのサラリーマンの方が足を止めてジャズを聴いていましたよね。ちょっとニューヨークっぽい、新鮮な光景でした。
高田私たちは、「誰もがジャケットを脱げばアーティストの顔を持っている」と思っているんです。かつて音楽をやっていた方や、心の中にアートへの情熱を秘めている方は、きっと少なくないはずです。外から見ると、アーティストとビジネスパーソンは別々の存在のように見えがちですが、本当はそうではないのではないか――NIHONBASHI PUBLIC JAZZのイベントを通じて、そんな瞬間を幾度となく感じてきました。
例えば、仕事終わりの会社員の方が、オフィスを出た帰り道にジャズのリズムに合わせて自然とタップを踏むように歩いていく姿を見た時、心が震えるような感動がありました。「これこそが私たちが実現したかった光景だ」と実感したんです。その方にとって、その日の終わりが少しだけ楽しく、特別なものになったのなら、これ以上の喜びはありません。
スーツやジャケットの内側には、アーティスト性や音楽への愛情が確かに存在している――そのことを改めて感じさせられる瞬間でした。

あなたにとってのEVOLOVE(EVOLUTION×LOVE)とは?
加藤私自身、この仕事を担当するまでは日本橋についてほとんど知識がなく、「老舗の街」「マダムが訪れる街」というイメージをもっていました。しかし、実際に訪れてみると、そこにはおしゃれで個性的な店が並び、ハードルが高そうだと思っていた老舗のお店の方々は気さくな方ばかりで、加えて若いオーナーたちが牽引するカジュアルなお店も多く、さまざまな世代が楽しめる街だと感じました。日本橋のこうした新たな魅力を広く知ってもらうために、NIHONBASHI PUBLIC JAZZのようなイベントを通じて、日本橋に足を運んだことがない人たちにも訪れるきっかけを提供し続けたいと考えています。
梁私にとってのEVOLOVEは「ニューヨーク愛」ですね。5〜6年住んだニューヨークでさまざまな影響を受けましたが、日本橋にはどこかニューヨークと通じる部分があると感じています。例えば、歩きやすい道路や、古くからある街並みと最先端なビジネスが交わる光景です。日本橋は東京駅にも近く、インターナショナルなポテンシャルを秘めた街です。私のニューヨークでの経験を日本橋に重ね合わせて、新しい日本橋の姿を世界に発信し、この街の魅力をさらに広げていきたいと思っています。
高田現在、海外から日本橋を目的地に訪れる人はまだ少ないのが現状です。しかし、海外のアーティストがこの街を訪れると、「落ち着いていてピースフルだし、歩くと面白いポイントがたくさんある」「東京駅に近く、アクセスが良いハブ的な場所だ」と、必ず称賛してくれます。歴史と現代が共存し、インターナショナルな魅力を持つこの街を、もっと世界に向けて発信していきたいですね。
私自身、出身は福岡ですが、今ではすっかり日本橋への愛が溢れています。日本橋を離れると、どこか落ち着かない――そんな気持ちになるほど、この街に強く惹かれています。

左から、梁(TRAVELING ELEPHANT)、加藤亜利沙さん(三井不動産)、高田郷子さん(TRAVELING ELEPHANT)
NIHONBASHI PUBLIC JAZZ 提供 公式動画:撮影 MIURA KEI, 編集 BLUETREExxx
NIHONBASHI PUBLIC JAZZ 提供 公式写真:撮影 BLUETREExxx
その地域に住む人たちと共に、これからの街づくりについて取り組む。ふと通り過ぎる街角にジャズ。アート、エンタメがその架け橋となるところが、素敵です。もっと良い街にしていきたいという熱意を、EVOLOVEは応援したいと思います。