菅田 悠介
わな猟師 / ARUYO ODAWARA
本記事は、高校生・大学生を対象に開催されたキャリアイベント「キャリアフェス in むなかた」での講演内容をもとに構成している。
このイベントでは、成功談だけでなく、遠回りや失敗、感情が大きく揺れた瞬間にこそ焦点を当て、「自分は何に心を動かされるのか」を考える時間を大切にしている。
今回登壇したのは、狩猟・食育・コミュニティづくりを軸に活動する、NPO法人MOTTAI代表の菅田 悠介さん。
彼の原動力は、「好き」よりもむしろ、「どうしても許せなかったこと」だった。
講演の冒頭、菅田さんは会場にこう問いかけた。
「農家さんの知り合い、いますか?」
「漁師の友達は?」
「じゃあ、狩猟をしている猟師は?」
手は、だんだん少なくなっていく。
「でも、一人でもそういう友達ができたら、食べ物の見え方って、絶対に変わると思うんです」
菅田さんが強く問題意識を持っているのが、食料廃棄だ。
「もったいない」という言葉が、ただのスローガンになってしまっている現実。
その違和感から生まれたのが、農家・漁師・猟師と都市に生きる人をつなぐ活動だった。
菅田さんは、福岡の名門・修猷館高校に進学する。
けれど、成績は下から数えた方が早かった。
「400人中、398位とかでした」
勉強よりも、部活と行事。
ラグビー部では、体重40キロ台から80キロ近くまで増量し、骨折を繰り返しながらもレギュラーとして戦った。
その代償として、勉強は完全に後回し。
結果、浪人が決まる。
周囲が大学生活を楽しむ中、一人、取り残されたような感覚。
「テンション、めちゃくちゃ下がりました」
浪人生活は、横浜で送った。
あえて地元を離れたのは、「友達と遊んでしまう自分を断ち切るため」だった。
この時間に、菅田さんがやっていたのが、やりたいことのメモ。
「大学生になったらやりたいこと」
「気になる違和感」
「いつかやってみたいこと」
このメモが、後に人生の伏線になる。
「浪人って、何者でもない時間なんですよ。でも、めちゃくちゃいい時間でした」
進学したのは、慶應義塾大学SFC。
文系・理系の垣根なく学べる環境だった。
キャンパスの周りには、畑や牛舎、鶏小屋。授業中に漂う、家畜の匂い。
「食べ物って、こういう場所から来てるんだな」
大学では、畑を借り、鶏を育て、解体ワークショップを開き、
「食べ物になるまで」を体験として、伝え始めるようになる。
決定的な原体験は、浪人時代に偶然出会った
「ちはるの森」というブログだった。
3.11をきっかけに、自給自足の暮らしを始めた女性の記録。
ある日、そのブログが炎上する。
ウサギを解体し、食べたことを書いた記事だった。
「可愛いウサギを食べるなんて最低だ」
「死ね」
何百件もの誹謗中傷。殺害予告まで出た。
菅田さんは、それを徹夜で読み続けた。
「……なんで、こんなことになるんだろう?」
みんな肉を食べているのに、“その裏側”を
菅田さんは、ブログの主・畠山千春さんにDMを送る。
「直接、話を聞かせてほしい」
誘われたのは、鴨を解体するワークショップだった。
大学1年生の8月29日。
この日を、菅田さんは今でも覚えている。
「この日から、一切、食べ残しができなくなりました」
命をいただく感覚を、五感で知った瞬間だった。
食料廃棄が、どうしても許せない。
その怒りは、行動に変わった。
「好きなことを仕事に、ってよく言うけど、
僕は“嫌い”の方が強いエネルギーになると思ってます」
それは、簡単には揺らがない。
大学2年で狩猟免許を取得。
命を扱う側に、自ら立った。
こうして立ち上げたのが、NPO法人MOTTAI。
「知るきっかけが、圧倒的に足りないだけなんです」
最後に、菅田さんは3つのメッセージを残した。
好きよりも、嫌い。
許せない感情は、行動を止めない。
メモは、自己肯定感を育てる。
小さな達成が、次の一歩になる。
続けていると、必ず仲間が集まる。
人生は、点が線になる。

菅田さんの言葉から伝わってきたのは、「仕事」や「進路」という枠を超えて、「命と向き合いながら生きる」という覚悟でした。日常の中で当たり前のように口にする「いただきます」という言葉の裏側にある、命の重さと責任。その現実に正面から向き合い続けてきた姿は、将来を考える学生たちにとって、生き方そのものを問い直すきっかけになるはずです。
EVOLOVEは、成果や肩書きだけでは語れない人生のプロセスにこそ価値があると考えています。この記事が、あなた自身の選択や日常の一つひとつに、あらためて意味を見出すきっかけになれば幸いです。
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