甲田 錠司
代表取締役
本記事は、高校生・大学生を対象に開催されたキャリアイベント「キャリアフェス in むなかた」での講演内容をもとに構成している。EVOLOVEでは、いわゆる“成功者の勝ちパターン”ではなく、遠回りや失敗、迷いの最中にいる姿そのものを共有することで、若い世代が自分なりの選択を肯定できる場をつくってきた。今回登壇したのは、株式会社ピークエンタテインメント代表の甲田鍵司さん。芸能事務所・アミューズでの10年間と、独立後9年間の起業経験を通じて見えてきた「エンタメで生きることのリアル」を、極めて率直な言葉で語ってくれた。
講演の冒頭、彼はこう前置きした。
「今日の話、あんまり参考にならないかもしれないです。真似しないでください」
ビジネスのトップランナーが並ぶ登壇者の中で、自分はかなり“特殊な存在”だと言う。それでも、「こんな生き方をしている人間もいる」と知ってもらえればいい──そんなスタンスで、話は静かに始まった。
大阪生まれ、大阪育ち。高校は中退し、いわゆる“学歴”はない。
「勉強で勝てる気は、最初からしなかった」
その代わり、幼い頃からアニメ、ゲーム、映画、音楽と、エンターテインメントに心を動かされ続けてきた。
「価値観が変わる瞬間って、だいたいエンタメだったんですよ」
“感動をつくる側に回りたい”。ただその感覚だけで、専門学校に進み、NHK関連のアルバイトを経て東京へ。テレビ番組のADとして業界に足を踏み入れる。
20年以上前のテレビ業界は、今では考えられないほど荒れていた。
殴られる、怒鳴られる、理不尽が当たり前。
「これは長くいられる世界じゃないな、って直感的に思いました」
その違和感は、やがて確信に変わる。
「テレビだけの時代じゃない」
転機は、偶然の出会いだった。日雇いバイト先で出会った人物の紹介で、アミューズへ。
当時はまだ“今ほど有名ではなかった”芸能事務所で、彼はデジタル領域の新規事業に携わる。
YouTube、ニコニコ動画、スマートフォン、アプリ ──
「これから来る」と言われていた領域にいち早く関わり、ダンスコンテスト、写真集アプリ、ゲーム実況タレントのマネジメントなど、前例のない企画を次々と手がけた。
「何百人ものアーティストと関わりました。でも給料は安かったです」
夢とやりがいはあるが、ビジネスとしての手応えは薄かった。
会社に残りながら新規事業に挑戦するも、大きな投資をしたプロジェクトは失敗。
「結果的に、居場所がなくなりました」
円満退社ではあったが、実質的には“敗北”だったという。
35歳で独立。起業してみて、最初に突きつけられた現実はこれだった。
「会社の看板が外れた瞬間、何もできない人間になる」
芸能事務所での実績は、外の世界ではほとんど通用しなかった。
仕事を取る。値段を決める。請求書を出す。
「全部、自分でやらなきゃいけない」
300万円の価値がある仕事を、30万円で請けていたこともある。
「安いかどうかの感覚、今でも正直わからないです」
それでも、人との縁に恵まれ、3〜4年目には一気に仕事が増えた。
会社は9年目。スタッフも抱え、オフィスも構えた。
しかし今、事業は縮小の瀬戸際にある。
「倒産って言うほどじゃないですけど、どうしようかなって本気で迷ってます」
壇上で、ここまで正直に“現在進行形の不安”を語る登壇者は珍しい。
映像は誰でも作れる時代になった。AIが作った動画が、何十万回も再生される。
「企業は、どっちにお金を払うか。答えはシンプルですよね」
だからこそ彼は言う。
「本当に自分にしかできないことを見つけないと、終わる」
彼がたどり着いた答えは、意外なほどシンプルだった。
「これ、AIや他人には真似できないんですよ」
論理やマーケティングではなく、“誰のためにやるか”を明確にすること。
それが一番、強いと感じている。
彼がこのイベントに登壇したのは、ほぼノーギャラだった。
それでも来た理由がある。
「中学生の頃、ずっと聴いてたアーティストが今日『宗像フェス』に出演するんです。だから、来ました」
それは、ずっと胸にしまっていた“個人的な夢”だった。
「今日、夢が叶ったんです」
最後に、彼はこう締めくくった。
「人のアドバイス、ほとんど当たらなかったです」
だからこそ、聞く。でも、最後に決めるのは自分。
「直感を信じていいと思います。外れても、それは自分の人生なんで」
中野の「好き」をエンタメで繋ぐ。世界一WAKUWAKUするまちづくり。
現在、オフィスをかまえる中野駅周辺の大規模再開発に伴い、区と民間が連携した中野駅周辺エリアプラットフォーム役員としての挑戦を初めている。
とある日のピークエンタテインメントオフィス。そこには、中野駅周辺の新しい広場を活用したイベントを企画する大学生や、地域を愛する多才なメンバーが集結していた。
明治大学の中野キャンパスの学生たちとイベント企画をする様子
その中心で議論を先導する彼が、まちづくりの本会議に参画したのは2023年のこと。
この街を拠点に活動していた縁から、中野ブロードウェイ理事長の推薦を受けて最前線へと飛び込んだ。
活動の原動力は、中野の「未来」への純粋な好奇心、そしてこの街に深く根付く「CtoC(個人間)の文化」へのリスペクトだ。
2025年、中野駅周辺エリアマネジメント協議会の様子
これまで、個人の趣味や「好き」を交換するガチャガチャイベントの実施や、子育て層の「遊び場が少ない」という声に応えるワークショップを駅前の広場で展開。
伝統を重んじながらも、エンターテインメントの力で新しい街のブランドを創出しようとしている。
イベントのPRを酒井区長や観光協会理事と行う
目指すは「世界でいちばんWAKUWAKUするまち」。
彼による、新しい街づくりの物語はまだ始まったばかりだ。

EVOLOVEが届けたいのは、「うまくいっている人の話」だけではない。
迷い、失敗し、今も答えを探し続けている大人の姿そのものだ。
正解ルートから外れた場所にしか、見えない景色がある。
この講演は、そのことを強く、静かに教えてくれた。
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