空でつながろう

Interview Vol.24 三崎の商店街を、
昔と今が混ざりあう町へ。

EVOLOVEプロジェクトでは、日本全国47都道府県にて「地元愛」を持ち、積極的に地域活性に力を注ぐ方々へのインタビューを行なっています。これまでの活動内容から、この後どのように「地元愛」を進化させていくか。未来へ向けたチャレンジを、皆さんと一緒に考えていけたらと思っています。第24弾の今回は、神奈川県三浦市三崎で、出版社「アタシ社」や美容院を営んでいる、ミネシンゴさんにお話を伺いました。第18弾で登場した杉本さんが運営している音楽イベント「CULPOOL」三崎開催の立役者でもある方です。

三崎の商店街を、昔と今が混ざりあう町へ。

写真左側ミネシンゴさん

居心地の良い、
ご近所付き合い文化。

Q.三崎に移住することになった経緯を教えてください。

ミネ最初は東京で、美容師をしていました。しかし体調を崩してしまい…。メディアという形で美容に携わりたいと思い、美容雑誌の編集者になりました。編集者として多くの美容師を取材する中で、もう少しローカルな場所でもう一度美容師をやりたいと考えるようになり、鎌倉へ。しかしやっぱり美容師は続かなくて、改めてメディアの道に戻りました。

その会社で働いていた時に、プライベートで「髪とアタシ」という雑誌を創刊しました。すると思いのほか好評で。活動を重ねていくうちに本の在庫や荷物が増えたことで、当時住んでいた逗子の家が手狭になってきました。逗子の家賃は東京並みに高く、家賃を抑えるためにも、よりローカルな場所を探していました。その時に出会ったのが、三崎港にある商店街の物件。築90年の古民家なのですが、一瞬でこの家に惚れ込んで、事務所にしようと決めました。家は別で見つけ、こうして三崎に住むことになりました。

三崎は東京や神奈川の中心地ともギリギリ付き合える距離でありながら、家賃も破格。そういった合理的な意味でも、三崎はちょうどいい場所でした。

Q.住んでみて分かった町の魅力はありますか?

ミネ僕は横浜のベッドタウン育ち。子供会はあったけど、その土地のカルチャーというものは皆無でした。就職して東京に出ましたが、隣家の人の顔も知らないし、地域ぐるみで何かすることもありませんでした。

一方で三崎は、昔からの港町で、外から来る人を受け入れてきた文化が根付いています。だから、ご近所同士で醤油の貸し借りみたいなことも当たり前。暇だなと思って近所の人に電話すると「じゃあ今から、ウチにご飯を食べにおいでよ」と言われて行ってみたり。僕の親世代の人とも、本当によく一緒に食事をしますね。

なんだか「三崎」というクラスに転校してきた僕を受け入れてくれる、そんな共同体としてのつながりを感じられたのが嬉しかったです。

三崎の商店街を、昔と今が混ざりあう町へ。

地元の方々との交流会

Q.ミネさんにとって、地域活性化とは何でしょうか?

ミネ小さな会社をやりながら民間で何ができるかを考えると、お店を作ることだと思っています。50年続いている焼き鳥屋もあれば、移住者の人が作ったカフェもある。地元の人と新しい人が混ざっているような空間があれば、そこは面白い町だと思います。だから三崎も、地元と合意形成を取りながらお店をいかに作っていくかが命題だと思います。コロナで閉まってしまったお店がたくさんあるので、もう一度、地元の人と協力しながらお店を増やしていきたいです。

対話を通して、
三崎という神輿を担ぐ。

Q.ミネさんにとっての“EVOLUTION x LOVE”とは何でしょうか。

ミネ先ほどの話と同義ですが、地域の衰退を自分事として捉えるようになりました。僕が週3日通っていた焼き鳥屋さんも、コロナで50年の歴史に幕を閉じてしまった。ほかにも八百屋、駄菓子屋、肉屋…色々な店がなくなった。もちろん原因はコロナだけじゃなくて、店主だったおじいちゃんが亡くなり、跡継ぎがいなくて廃業したケースもあります。

馴染みのお店がなくなり、知り合いだった人が亡くなっていくと、自分の体の一部がポロッと削ぎ落とされた感覚になっていきます。だからやっぱり、一軒でもお店を増やしたい。もちろん僕がすべて引き継ぐことはできない。でも何もできない無力感をなんとかしたいという、街の将来を自分事として捉えるようになったのが、僕にとっての“EVOLUTION × LOVE”ですね。

Q.今後はどのような活動を?

ミネ色眼鏡を外して、三崎に関わる人との対話を深めなければいけないと感じています。先日、三崎で地元の祭りがあって、うちの地区が神輿番でした。三崎は7つの地区に分かれていて、神輿番は各地区の持ち回り。つまり順番が回ってくるのは、7年に1度。その時に青年会として準備から本番まで祭りに携わった時、6年この町に住んでいたのに知らないことが多いなという気づきがありました。

祭りを無事成功させるという目標に向かって、三崎にいる人も出ていった人もみんながつま先を揃えて切磋琢磨する。地元の祭りってやっぱり偉大だし、よくできた仕組みですよね。だから今後は、普段は三崎にいない元地元民と接点を持つなど、地元の人とより深く関わり、対話する作業をしないといけないと思っています。

「CULPOOL」では地元の商店街を使わせていただきましたが、会場は移住者たちのお店が中心だったというのが、反省点のひとつでした。昔からある魚屋さんに「“東京のジャズバンドを連れてくるので、店先でライブをやらせてください”と言っても、きっと理解してくれないよね」と色眼鏡で見てしまうフィルターを外し、一つの目標に向かって対話を重ねたいです。

三崎の商店街を、昔と今が混ざりあう町へ。

CULPOOLの会場でもあるミネさんのお店

Q.現在の活動で困っていることや足りていないことはありますか?

ミネ少し本筋から逸れますが、空き家問題に関することですね。三崎にはたくさんの空き家がありますが、空き家バンクも整っていないし、物件としてマーケットに乗ってきません。でも実は、三崎に移住したいと思っている人は多くて、僕のところにもびっくりするくらい相談が来ます。三崎で家を探している人が多いのに、調べても物件がないとみなされる。そんなミスマッチを感じています。

あとは、まだまだお店が少ないのかもと感じています。どこもお店がいっぱいで、昼ごはんを食べるのにも困ってしまうシーンがある。コンビニはあるけれど、海が近い街なのにコンビニっていうのも寂しいじゃないですか。

Q.若者に向けて何かメッセージはありますか?

ミネ僕のところにも学生やアルバイトが来ていたり、学生が合宿をしたりしているので、若者と話すことは多いです。彼らの話を聞いていると、みんな「将来」や「自分」に迷っている印象です。

僕の店のスタッフは、SNSを見ないようにしているそうです。彼らの世代は、自分を理解するために、どうしても周りと比較してしまうんですよね。でもSNSを見ると、同世代なのに何万人ものフォロワーがいて、有名企業で働いて、起業して…みたいな情報がとめどなく流れ込んできて、苦しくなってしまう。だから若い人には、人と自分を比べるよりも自己内省をした方がいいと伝えたいです。

僕は、孤独になることが自己内省をするために重要だと思っています。やりたいことを若いうちに見つけるのは本当に難しいし、僕だって見つけられない。でも、20年前後のこれまでの人生、どんなことに心を動かされてきたか、どんなシビれる経験をしたか…それを振り返りじっくり考える作業が自己内省であり、自分が生きていくための感覚を研ぎ澄ますことだと思っています。

自分の根本を振り返る作業をひたすら繰り返すためには、やっぱり孤独を経験しないといけない。その孤独とも向き合うことで、自分の内側から出てくる「こんなことがやりたい」という気持ちを掘り起こすことができるのではないでしょうか。やりたくないことをごっそり削ぎ落とすということも大切だと感じています。

   ありがとうございました!来年には山口県の萩で新たに「本と美容室」をオープンさせるミネさん。三崎を起点にミネさんの新しい取り組みがどう広がっていくのか、そして拠点である三崎がどう変わっていくのか、楽しみにしています。